誰だって24時間、のんびりしていたいだろう。この、のんびりという気分は、心に蟠(わだかま)りや苛立(いらだ)つ物事がなく、平穏(へいおん)でゆったりと寛(くつろ)げる気分をいう。ところが、私達がのんびりできる時間は限られていて、社会で働く時間は無理だし、せいぜい家庭やプライべートの個人的に使える時間といったとこ。家庭だって五月蝿い妻や子供がいれば、のんびり出来ないだろう。^^ まあ、今日は雨も降り始めたことだし、外の諸事は出来ないから、のんびりした気分で四方山話(よもやまばなし)を、のんびりしたいといったところだ。^^
とある町役場に勤める課長補佐の鳥目(とりめ)は生まれながらのド近眼で、損をすることも度々(たびたび)あったが、気分的には、のんびり出来ることが多かった。というのも、いらないことを見る必要がなかったからだ。というか、遠くがボヤけて見えないからである。加えて、耳栓でもしておけば、これはもう完全な座禅状態で、他事に気を取られることなく、のんびり出来るのだった。
「鳥目さんっ! 嫌だな、まただ…。鳥目さんっ!! …鳥目さんっ!!」
昼の休憩時間である。後輩職員で秘書室長の小皺(こじわ)は、何度も鳥目を呼んだが返答がなく、とうとう鳥目の肩を片手で軽くゆすった。
「んっ? なにっ!?」
鳥目は誰に憚(はばか)ることなく、自分のぺースでのんびり書類に目を通していたから、驚いて振り向いた。言っておくが、鳥目の耳が悪かった訳ではない。前にも言ったとおり、耳栓の所為(せい)である。鳥目は耳栓を外(はず)した。
「のんびり休んでおられるところ悪いんですが、部長がお呼びです…」
「部長!? 課長じゃないのっ!?」
「はい、部長ですっ!?」
「部長か…。なんだろっ!?」
「私に訊(き)かれても…」
「まあ、それもそうだ…」
鳥目はド近眼のメガネを取り、擦りながらデスクから立った。
ここは部長室である。
「部長、なんでしたでしょう!?」
「君、悪いが…例のヤツ、頼むよっ! どうもここんとこ、肩が凝ってねっ!」
「あっ! はいっ!」
鳥目は強度の近視ということで、万一を考えて指圧治療師の資格を取得していたのである。鳥目は部長席に座る禿川(はげかわ)の後ろへ回ると、のんびり気分で禿川の肩を揉(も)み始めた。
「そ、そうそう…。ああ、、君に揉まれると、なぜか、のんびりした気分になるよ…」
「…、ですか…」
鳥目は十五分ばかり、禿川の肩を揉み続けた。
「ああ、いい気分だ…。鳥目君、また頼むよっ! そろそろ、午後の執務時間だ…」
「ああ、はいっ! いつでも、どうぞ…」
鳥目は、のんびりと返した。
「あっ、そうそう! 君、次の異動で課長みたいだよっ! よかったなっ!」
「はあ、そうですか…」
鳥目はのんびりした声で返した。
「君は欲がないねぇ~」
「ですか…」
「ははは…、まあ、いい。それじゃ!」
鳥目は一礼すると部長室から退出した。
のんびり気分は物事を好転させる一例である。七十三話の、のんびりした四方山話でした。^^
完