今回のシリーズは、直江兼続についてお伝えします。
兼続は上杉家の大黒柱で、米沢藩初代藩主 上杉景勝を支えた文武兼備の智将です。
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約二十万名という大軍勢を率いて、家康は上杉家を攻めようとしていた。ただこの作戦は石田三成の挙兵によって実現されることはなかった。だが、結局“徳川家にとっての敵方”としての汚名を着せられることとなった上杉家は、兼続が三成と個人的に親交があったこともあって、関ケ原の戦いにおいては西軍につく。そして西軍は敗退し、上杉家は多くの領地を失い、歴史の表舞台からは姿を消してしまう結果となる。
ただ、「直江状」の中身をよく見ると、果たして兼続が本当に書いたのかどうかについては疑問が残る。兼続の名だけを借りた文書なのではないかと考えるほうがすんなり納得できるほど、あまりに内容が好戦的でやや軽薄すぎるきらいがあるからだ。
しかし一方で、こうは考えられないだろうか。兼続は、家康の景勝への侮辱とも取れる態度に一矢報いたかったのだ。自国の発展のため、あらゆる手段を講じて力を蓄えようと努力していた最中に、己の私利私欲のために策を弄(ろう)し、愚劣なまでに嫌疑を仕向けてくる家康の姿が目に余り、どうしても反論を突きつけてやりたいと決意したのではないだろうか。
(家康への挑戦状「直江状」)
これが世に名高い「直江状」といわれるものです。
その内容を抜粋して、以下にわかりやすく現代語訳して記載します。
①東国のことについて噂が流れ、内府(家康)様がお疑いになるのは残念です。しかし京都と伏見のような近い距離の間でもいろいろ問題が起こるのですから、遠国にいて、かつ若輩者の景勝について、つまらない噂が持ち上がるのは仕方がないことです。そのようなことはありませんので、どうぞご心配なく。
②景勝の上洛が遅れていることについてですが、国替えになってから日が浅いうえに、帰国してから大して時間が経っていません。これでは国の政務をみることができません。しかも当地は雪が深く、10月から3月の間はなにもできないのです。
③景勝に謀反の心がないことは起請文などなくとも申し上げられます。しかも昨年より数通の起請文が反故にされていますから、そんな意味のないことをする必要はないでしょう。
④秀吉様以来、景勝が律義者であることを内府様がわかっていらっしゃるなら、いくら世の中変化が激しいとはいえ、今になって疑うのはおかしいじゃないですか。
⑤前田家の件は内府様の思うままになりました。さすがのご威光です。
⑥景勝には謀反の心なぞ毛頭ありません。讒言(ざんげん:事実をまげ、いつわって人を悪く言うこと)をする人をろくに調べもせずに信用し、こちらばかりを疑うというのはいかがなものでしょうか。讒言をした人間をちゃんと調べればわかることです。それもせず、逆心がないなら上洛しろなどというのは子供のような言い分で話になりません。
⑦武器を集めていることですが、上方の武士は茶器など人たらしの道具を集めているようですが、田舎武士は戦に備えて鉄砲や弓の準備をします。これは武士として当然のことだと思いませんか。そんなことを気にするとは天下を預かる人らしくもありません。
⑧国を持つ者にとって道や橋を整備して交通の便を良くするのは当然のことでしょう。それをもって謀反だという者は戦というものを知らない大馬鹿者です。隣国である越後は上杉家の元の領地であり、攻め込もうと思えば、道なぞなくとも簡単に踏みつぶすことができます。もし本当に謀反の心があるなら、むしろ道を塞いで防戦の構えをとります。
⑨上洛する必要があることはわかっています。このままでは、太閤殿下のご遺言に背き、起請文も破り、秀頼様をないがしろにすることになりますから、たとえこちらから兵を挙げて天下を取ったとしても、世間からは悪人と呼ばれてしまいます。それは上杉家末代までの恥辱ですから、そのようなことは考えていません。ただ讒言者の言葉を信じて不義の者扱いするのであれば仕方ありません。誓いも約束も必要ありません。
正々堂々と自らの正当性を論じ、家康の所業を皮肉り、言外に攻められるものなら攻めてこいという挑戦的な匂いが感じられます。
兼続のこの返書は、“直江状”といわれて真っ向から徳川家康の意向に反するものとされた。
いってみれば、
「来るなら来い」
という挑戦状だ。
しかし、兼続は、″事なかれ主義″ではなく、″事あれ主義″を貫こうとしていたのだから、やむを得ない。かれは自分の書いた返書が天下大乱の起因になってほしかった。そして天下に大乱が起こったら、そのどさくさに紛れて上杉家は越後国に帰還しようと策していたのである。いわゆる
″直江状″といわれる兼続の返書が上方に届いたのは、慶長五(1600)年五月三日のことであった。
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
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