(「このようになりたい」と強く願うと、その方向に行く)
以前に述べましたように、筋肉には、随意筋(ずいいきん)といって、自分の思うように動かせる筋肉、自分の自由になる筋肉と、内臓などのように、自分の思うようには動かない不随意筋があります。なかには、思うがままに腸を動かしたりする人もいるかもしれませんが、不随意筋は、通常、そう簡単には動かないとされています。
ところが、不随意筋も、肉体の一部である以上、まったく意志の影響が出ないものではないのです。
随意筋と不随意筋の違いは、例えて言えば、動物と植物の違いのようなものです。
動物は簡単に動きますが、植物は、ジーッと静止しているように見えます。
しかし、長時間、録画して、その映像を見れば、植物も、成長し、日の光のほうに花や葉を向けるなど、いろいろと動いています。日当たりがよく、水があるほうに伸びていったりして、自分の都合のいいように動いているのです。
このように、録画した映像を高速で再生すると、植物も動いていることが分かるわけです。
不随意筋と言われ、自由にならないと思われている部分も、植物と同じで、実は、じっくりと時間をかけて変化しているのです。
それは不随意筋だけではありません。頭蓋骨(ずがいこつ)も含めた骨や脳の中身などもそうです。それらは自分の自由にはならないために、多くの人が苦しんでいると思いますが、実は、一定の方向付けを与えて訓練していくと、やはり、少しずつ変わっていくものなのです。それを知らなければいけません。
「このようになりたい」と強く願っておくと、速度の遅い速いはありますが、その方向に、だいたい変えていくことができます。
人間には、そういう「創造する力」があります。その力は、よい創造のほうに発揮できると同時に、悪いほうにつくり変える力、悪いものをつくっていく力としても発揮できるのです。
そして、悪いほうの創造が、実は病気であることが多いわけです。
病気のもとになるのは、たいていは精神的なショックです。また、自分自身の中にある自己処罰の概念や、自分をあまりにもいじめる気持ちのようなものが、潜在意識に沈殿していき、病気になることもよくあります。
そうしたことに気をつけてください。
自分のなかにある、そういうものに気がついたら、それを直していかなくてはなりません。思いのほうから修正をかけていくのです。――この章は終りです。
---owari---
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