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赤猪(あかい)抱き ~『新釈古事記伝』から(2)

2022年07月26日 | 日本
「正しいことをしても、すぐには世の中から認められない。天を相手に仕事をせよ」

(日本国民の心田を耕す名著)
前回、『新釈古事記伝』の中から「袋背負いの心」を紹介した。それは「できるだけたくさん、他人の苦労を背負い込むことを喜びとせよ」という古代日本人の美しい教えであった。

この『新釈古事記伝』は全7巻、1セット1万2千円という高価な書物だが、すでに初刷3千セットを完売し、緊急増刷になったという。古事記を通じて、古代日本人の心映えに迫ったこの名著が広く読まれる事は、日本国民の心田を耕し、国際社会でも尊敬される国際派日本人を増やすことにもなる。

本稿では「袋背負いの心」に続く「あかいだき(赤猪抱き)」を紹介して、さらに古代日本人の人生観に迫ってみたい。

(大国主命の生き返り)
「袋背負いの心」では、大国主命(おおくにぬしのみこと)が兄弟の八十神(やそがみ)たちに誘われて、八上比賣(やかみひめ)を嫁に迎える競争の旅についた一幕を紹介した。

八十神たちは、大国主命が力が強く立派そうなので、皆の荷物を入れた大きな袋を背負わせ、従者のように見せかけて、八上比賣に選ばれないよう策略を立てた。しかし八上比賣はその策略を見抜いて、皆の荷物を引き受けた大国主命こそ立派だとして、その許に嫁ぎたい、と答えた。本稿で取り上げる「赤猪(あかい)抱き」は、その続きである。

嫁取り競争に思わぬ形で敗れた八十神たちは、癪(しゃく)にさわって、大国主命を殺してしまおうと、新たな策略を立てる。「ある山中に大きな赤い猪がいて、人々に危害を与えるので、それを退治しよう。ついては、我々が山の上で猪を取り囲んで、麓の方に追い立てるから、大国主命は下で待ち構えていて、生け捕りにしてくれ」と言った。

大国主命は、いつものように「よろしゅうございます」と簡単に引き受けた。八十神たちは山の上から、猪に似た大きな石を真っ赤に焼いて、転がし落とした。それを受け止めた大国主命は焼け死んでしまう。

母親の刺國若比賣(さすくにわかひめ)は泣き患(うれ)いて、高天原に上って、神産巣日之命(かみむすびのみこと)に助けを求めた。命は二人の比賣神(ひめがみ)を送って、大国主命を以前よりもはるかに壮麗夫(うるわしきおとこ)として生き返らせる。


(正しいことをしても、すぐには世の中から認められない)
一読した所、たわいもない神話としか読めないが、そこに潜む古代日本人の深い人生観を、著者の阿部國治氏は鮮やかに取り出してみせる。

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この『あかいだき』の示しておることは、当たり前のこと、正しいこと、世の中のためになることを行う者は、すぐには世間から誉められたり認められたりはしないものであるということであります。

それどころか、良いことをすると、そのために却って憎まれて、悪口を言われたり、酷い目に合ったりするものであります。

『ふくろしよいのこころ』を持って、仕事をしていくと、赤猪を抱かねばならぬ場合があります。『ふくろしよいのこころ』の窮(きわ)まるところは、死の覚悟であります。

道に合うことを実行するに当たっては、何人に認められずとも、あるいはまた、さらに進んで、そのために憎まれ嫌われて、死なねばならぬことも、黙って進んで行かなければならぬこともあって、こういういろいろなことを、お諭しになっているのであります。
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親が子の面倒を見るのと同じで、子を躾けようとすると、何も分からないうちは、嫌がったり、反発したりする。それでも子を立派に育てようとするのが親心である。

世間も、ものの分からない子と同じで、先の見える人が「これはやらなければならぬ」と信じて実行しようとすると、一般の人からは「物好きだ」「気違いだ」と非難されたり、時には迫害までされたりする。

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したがって、昔から、本当の仕事をするときには、
「神様を相手にせよ」
とか、あるいは
「天を相手にせよ」
とか申します。

このように「神様や天を相手に仕事せよ」ということは「人間のことは考えるな」ということではないのであります。

結局、人間を相手として、人間のためにする仕事ですけれども「当面する人々の気持ち、主張を取り上げておったのでは、本当の仕事ができない場合がある」ということ、つまり、この赤猪抱きのことを教えているのであります。
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(自衛隊諸士の「赤猪抱き」)
「赤猪抱き」の一例として思い起こされるのは自衛隊諸士の生き様である。自衛隊は創設当初から「軍国主義の復活」などと左翼勢力から批判された。産経新聞社会部次長・大野敏明氏は次のような思い出を語っている。

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私の父は自衛官だった。小学生も安保反対デモのまねをしていた60年安保騒動の翌年、小学校の4年生だった私は社会科の授業中、担任の女性教師から「大野君のお父さんは自衛官です。自衛隊は人を殺すのが仕事です。しかも憲法違反の集団です。みんな、大きくなっても大野君のお父さんのようにならないようにしましょう。先生たちは自衛隊や安保をなくすために闘っているのです」と言われたことがある。
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「聞いていた私は脳天をハンマーで殴られたようなショックを受けた」と大野氏は書いている。その後、クラスでいろいろないじめを受け、登校拒否にまでなった、という。

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私の通った小、中学校は東京都下にあったが、都立の全寮制高校に進学して驚いた。そこには全都から生徒が集まっていたが、転勤族である自衛官の子弟が多数、在籍しており、その多くが私と似たような経験を小、中学校で味わったというのだ。

小学校で教師が「自衛官は人殺し。鉄砲もって喜んでいる」といったため、「人殺しの子供」とののしられた経験をもつ者もいた。何人かは中学校で日教組の教師とやり合い、内申書の評価を下げられるという苦汁をなめさせられたという。
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子どもたちの受けたショックの大きさが想像できるが、さらに思いやられるのは、その父親たちである。生命をかけて国民を護る仕事をしているのに、何の罪もない自分の子どもがこんな仕打ちを受ける事への無念さは想像に余りある。

その無念さを隠して、自衛隊諸士は国民に見えない所で、地道な訓練と領土・領海・領空の警備を続けてきた。「赤猪抱き」そのものである。

(「天を相手にする仕事」)
防衛大学校の第一期学生卒業式で吉田茂首相は次のように語った。
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君たちは自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されたりすることなく、自衛隊を終わるかもしれない。・・・自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。・・・どうか、耐えてもらいたい。
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この訓示を心の支えとして、元陸上幕僚長・火箱芳文氏は任務に励んできた、と語る。

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手柄を誇る派手なガッツポーズをするのではなく、被災者が喜んでくださる姿を見て微笑み、任務が終わったら嵐のように去っていく。去った後に爽やかな空気が残る。それだけで十分だと思ってやってまいりました。
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吉田元首相の予言通り、阪神大震災、東日本大震災と大災害が打ち続き、中国の尖閣侵略、北朝鮮のミサイル発射などで、「国民が困窮し国家が混乱に直面している時」が来て、自衛隊が国民から正当に感謝される時がやってきた。

しかし、真に国民の安寧を願う自衛官たちは、自分たちが持て囃(はや)される時代よりも、自分たちが表舞台に立つ必要のない平和な時代を望んでいるだろう。それこそが「天を相手にする」仕事である。

(『うるわしきおとこ』)
大国主命は焼け死ぬが、神産巣日之命が遣わされた二人の比賣神によって、以前よりもはるかに「壮麗夫(うるわしきおとこ)」として甦る。この部分は何を意味するのか。

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西郷さんの場合には、この『あかいだき』が、実によく分かります。

いちばんおしまいの十年戦争(西南戦争)の例を取ってみますと、十年戦争は赤猪ですが、この赤猪を抱かせたのは、明治新政府と西郷さんのお弟子さんたちでしたが、西郷さんは黙って、この赤猪を抱きました。その結果、身体も死んだし、名誉も死にました。そして、西郷さんは国賊ということになりました。

しかしながら、大和民族の中に流れる根本精神は、西郷さんが日本歴史の一転回のために『あかいだき』をしたのだということを、まもなく、はっきりとしないではおきませんでした。

いまでは、西郷さんと言えば、「本当の大和魂を持っておった人である」ということを誰も疑いません。これは「あかいだき」によって、身体も名誉も失った西郷さんが、立派に大西郷として生き返って『うるわしきおとこ』となって、出歩いておられるのであります。
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弊誌429号では、西郷隆盛が無道の西洋諸国からの侵略を打ち払うために明治維新を起こしたのに、その結果、生まれた明治新政府が、自ら西洋化して無道の国になりつつあることを拒絶し、必敗を覚悟に最後まで戦い抜くことで、歴史にその記憶を残そうとした、という見方を紹介した。その結論として、弊誌はこう述べた。

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事の成否を問わず、ある崇高な理想のために命を捧げた人々が、我が国の歴史にはたびたび登場する。楠木正成あり、吉田松陰あり、そして大東亜戦争での特攻隊員たちがいる。西郷とその弟子たちもその系譜に連なっているのである。
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こういう人々を神として仰ぎ、神社を創って顕彰するというのが、我が国古来の習わしであるが、その源泉が『古事記』の「赤猪抱き」にあったのである。

(「うるわしきおとこ、おとめ」を育てる)
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つまるところ「あかいだき」は永生の道であります。死んで死なぬ道であります。だからこそ「あかいだき」の実行は、平らかな安らかな心でできるのであります。・・・

人の意識に上り、人に知られると否とは、まったく別問題であります。それは神産巣日之命にお任せしておけばよいのであります。

したがって、「うるわしきおとこ」とは、名高い人ということでも、名をなすということでもありません。無名の正成公、無名の西郷さん、無名の乃木さんが、それこそ無数にいるわけであります。

そういう人たちがいるからして、その人々の代表者として、有名な正成公や、有名な西郷さんや、有名な乃木さんができるわけであります。

それだからこそ、これらの人たちが神社に祀られて、日本人のみんなが参拝するのであります。
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「無名の正成公、無名の西郷さん、無名の乃木さんが、それこそ無数にいる」という一節が味わい深い。東日本大震災では自衛隊員や消防隊員などばかりでなく、スーパーのおばさんから宅配便のお兄さんまでが、被災者のためにそれぞれ立派な「奉公」をしている様を紹介した。これらの人々こそ「うるわしきおとこ、おとめ」である。

一国が幸福な国民生活を実現出来るかどうかは、こういう無名の「うるわしきおとこ、おとめ」が、どれだけいるかで決まるのだろう。

我が国の太古の先人たちは、そういう生き方を理想としてきたのである。そして、その理想は我々の深層心理に脈々と流れていて、一朝事ある時に無数の名もなき「うるわしきおとこ、おとめ」が現れ出でる。まさに「うるわしき国」と言うべきだろう。

『新釈古事記伝』は、『古事記』の幼児にも分かる神話の中から、このような古代の先祖の深い人生観を取り出してみせる希有の書物である。家庭や教室で、ぜひ子供たちに読み聞かせ、将来の「うるわしきおとこ、おとめ」を全国津々浦々で育てて欲しいものだ。
(文責:「国際派日本人養成講座」編集長・伊勢雅臣)

---owari---
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