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霊的世界の真実㉘(“憑依”とは何なのか?)

2018年10月08日 | 霊界

(心の曇りに引き寄せられて悪霊が取り憑く)

人間は主として表面意識を頼りに生きていくわけですが、この途中に、さまざまな「心の曇り」というものをつくっていきます。その曇りの多くは、要するに、仏の心に反した思い、あるいは、仏の思いに反した行為に基づいて発生した、不調和の現象が呼び起こすものです。

 

仏の思い、仏の願いに反した思いを出したり、そういう行動をとったりしていると、次第しだいに心の周りに“スモッグ”が出てきます。すなわち、心のなかに陰りが出てくるわけです。

 

そして、本来、百パーセントの自分の心のうち、表面意識のあたりだけが、ごみや埃をかぶり始め、そして、潜在意識層との連絡も、次第しだいに途絶えがちになってきます。

 

心が純粋であれば、魂の生地が浮き出してきて、その人のさまざまな傾向、本来の*仏性というものが出てくるのですが、そうではなく、この表面意識のあたりに曇りができてくることがあるわけです。

 

専門的には、この部分を、表面意識とは言わず、「想念帯」と呼んでいます。

 

表面意識と潜在意識との中間部分にある想念帯に曇りができてくると、だんだんに表面意識と潜在意識とが分離され、仏の光が心に射さなくなってきます。

 

すると、その暗い心の陰に、次第しだいに近づいてくるものがあります。これが、悪霊といわれるものなのです。

 

悪霊たちは、地獄の苦しみから逃れたくて、何とか地上の人に憑依しようとしてきます。こうして、地上の人は、この悪霊の支配を受けるようになってきます。

 

しかし、これも、悪霊そのものが悪いというよりも、その原因行為は、やはり地上の人自身がつくっていると言ってよいでしょう。

 

太陽の光が射さなくなるのは太陽のせいではありません。同じように、*仏の光が心に射さなくなったのは仏のせいではないのです。

 

それは、その光を妨げるような理念の曇りを自分自身がつくったからです。それによって陰ができ、闇ができ、その暗い部分に、「同類相集まる」の法則に基づいて、悪霊が寄ってきているのです。

 

(悪霊は、心の曇りを晴らすことで去っていく)

世間の人々は、よく、お祓(はら)いを受けて悪霊を落としたり、悪霊に憑かれないように、魔よけの札を貼ったり、お守りを持ったりします。しかし、悪霊たちがいちばん怖いのは、仏の心を心として生きている人なのです。

 

お祓いを行う人に霊的な力がある場合、そういう超能力、心霊能力がある場合には、お祓いをすると、確かに、その光の影響で悪霊たちが一時期その人から離れることもありますが、神社の境内を抜けたとき、あるいは、お寺を出たときに、その影響はすぐになくなって、元の曇りのところにまた悪霊が呼び寄せられることになります。

 

そのため、取っても取っても憑いてくるわけです。ちょうど、蠅(はえ)を追っているのと同じです。蠅は、追っても追っても、また戻ってきます。それは、そこに臭いものがあるからです。そのようになっているのです。

 

要するに、私は、ここで、「悪霊を呼び込んでいるものは、ほかならぬ、自分自身の心である。心の曇りが、その原因である。したがって、『心の曇りを晴らすことによって悪霊は去っていく』という真実があるのだ」と言いたいのです。

 

 

*仏性:愛や慈悲、向上心など、仏と同じ性質のこと。人間は仏の子であり、すべての人に仏性が宿っている。

*仏の光:大宇宙に満ち満ちている仏のエネルギーのこと。人間の魂は、すべて、仏の光を吸収発散しながら生きている。

 

---owari---

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