このゆびと~まれ!

「日々の暮らしの中から感動や発見を伝えたい」

政宗の危機を救った家康の策

2022年10月23日 | 歴史
今回のシリーズは、伊達政宗についてお伝えします。
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とにかく二人は、こうしてくわしく事実を認めた直訴状は渡してあったが、結束をみだることを怖れて、政宗にはまだ報告していなかった。政宗も、薄々そうした動きもあると承知して、不問に付していたものであるのはいうまでもない。

こうして二十二日に受け取った書状を、二十三日の朝、伏見城の大奥で、もう一度近侍に読ませ、これに聞き入っている秀吉のところへ布施谷久兵衛、牧野主水、水竹仲左衛門の三人が、家康から、お目にかけたいものがあり、それを持参したといって目通りを願い出た。

「なに、江戸の大納言からだと。よし、庭先へ通せ」
秀吉は、実は家康が、政宗のことにつき、どのような手を打って来るかと、内心待ちかねていたところなのだ。

やがて案内されて、庭木戸を入って来る三人の姿を見ると、まっ先の布施谷久兵衛が、手に真新しい白木の高札をさげている。
(フン、あの中に、家康の秘策があるのか)

秀吉はわざと眉根を寄こせて、
「麗(うるわ)しきご尊顔を拝し奉り…」
と、沓ぬぎ(くつぬぎ:はきものをぬぐ所)の向うに坐って挨拶しだした三人の頭上から、
「麗しくはない!」
と、怒鳴り返した。

「今朝は、腹が渋って不快なのじゃ。何だ、その高札は?」
「されば、この高札が、徳川家の門前に、これ見よがしに立てられてござりました。まずもって殿下のお目にかけよと申されまする」
「読め! わしは眼が遠うなっている」
「恐れ入ってござりまする。されば…」

布施谷久兵衝が差し出す高札を、牧野主水が腰をのばして朗々と読みあげた。
「伊達政宗儀、羽前山形の城主最上義光と謀(はか)って天下を奪わんとす。不届き至極の仕業なり」

「たったそれだけか」
「はい。あとは文禄四年九月二十三日と…」
「何の変哲もない。そ、それを、大納言は、この殿下のお目にかけよと申したのか?」
「はい、何はともあれ、穏やかならざる訴え、即刻お目にかけるようにと」

秀吉は入側に突っ立ったまま、顔をゆがめて舌打ちした。
「あの古狸め、天下の名案などとぬかしおって、自身出てでも来ることか…」
言いかけてふっと声をのみ、それから割れるような声で笑い出した。
「ワッハッハ…そうか。そうか。わかったわ。このような子供だましの高札に、大納言ともあろうものがびっくりいたしたな」

「はい。何しろ」天下を狙っているなどと穏やかならぬ…」
「ワッハッハッハ…大納言にそう申せ。安堵(あんど)せよとな。このような子供だましの高札、これでわかった! これは思案の足りぬ奴よ、伊達政宗に何か怨みを含んでの小細工じゃ。すると、それ、この前のことどもは、みな同じ奴が、あることないことを訴えて、私怨(しえん)を晴らそうとしたものよ。

そうだ、これで悉皆(しっかい:一つ残らずことごとく)わかったぞ。何の!殿下ほどの者が、このような小人どもの小細工に瞞着(まんちゃく:だますこと)されるものではない。政宗への疑いは解けたと、大納言に伝えておけ」

三人の、呆然として庭から見上げる視線の中で、秀吉は不機嫌どころか、床を踏み鳴らして笑いながら大声で茶坊主を呼び立てた。

「これ、坊主どもはおらぬか。玄以(げんい)(前田玄以:豊臣氏五奉行の一人)を呼べ、施薬院の法眼(秀吉の侍医)を呼べ。そうだ、法印(玄以のこと:僧侶に与えられた称号)と法眼のほかにな、寺西筑後と岩井丹後も呼んで来い。伊達家へ使いしたのは彼らであったわい。なに、筑後も丹後もまだ出仕(しゅっし:勤めに出ること)しておらぬ…たわけた怠け者どもだ。そのように怠けていると古狸の餌食(えじき)にしてやるぞ。

誰ぞ呼びに走らせろ。殿下が、カンカンに怒っておわすと申してな。ワツハッハッハ……これはよい。これ、その高札をこれへ持て。これをみんなに見せてやらねば」

やはり秀吉は、伊達政宗が、どこか好きであったと諒解(りょうかい)するよりほかにない…

(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)

---owari---
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