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見捨てられたウクライナ。EU内に響き始める「戦争疲れ」の不協和音

2022年07月04日 | 政治・経済
両軍に凄まじい数の戦死者を出す中、6月24日で4ヶ月が経過したロシアによるウクライナ侵攻。表向きにはウクライナとの連携を強調する欧州各国ですが、その対応に様々な変化が現れているようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、EU内で響き始めた数々の「不協和音」を取り上げその背景を解説。さらにこの戦争が遠く離れた貧しい国の人々にもたらしている「危機的な状況」と、その被害者たちを利用するかのようなプーチン大統領の強(したた)かな戦略を紹介しています。

(ウクライナ戦争の裏で起きる様々な悲劇と混乱の予感)
「我々はウクライナが勝利するまで寄り添う」
フランス・マクロン大統領、ドイツ・ショルツ首相、イタリア・ドラギ首相、そしてルーマニア・ヨハニス大統領が連れ立ってキーフを訪れ、ゼレンスキー大統領に“約束”したのがこの言葉です。

そして4首脳そろって、ウクライナのEU加盟候補国への支持を述べました。
しかし、この直後からすでに、EU内では不協和音が出ています。

その理由の一つが、マクロン大統領とショルツ首相が、ゼレンスキー大統領に「一日も早くプーチン大統領と話し合うべき」と述べたことです。

イタリアのドラギ首相は少しこの発言からは距離を置いているようですが、ルーマニアのヨハニス大統領はこれを聞いて激怒したとか。

そしてそれを言われたゼレンスキー大統領も、「プーチン大統領との話し合いは拒否しないし、何度も申し入れをしている。いずれそれが必要となるときが必ず来る。しかし、今、必要なのは欧州各国の一枚岩の対応であり、残念ながら私にはそれが見えない」と不満を述べたとのことです。

元々ロシア・プーチン大統領との特別な関係をアピールしてきたマクロン大統領と、エネルギーなどの脱ロシアを掲げながらもその困難さに直面しているショルツ首相ですが、彼らの発言は、他の欧州各国からはすでにウクライナ戦争終結後のロシアとの関係修復を狙った秋波と受け取られたようです。

実際にドイツはロシアからの天然ガス輸入への依存度を低下させようと動いていますが、軒並み上がり続けるエネルギー価格にそろそろギブアップしそうな状況で、ついに禁じ手の(そして日本を散々非難してきた)石炭発電の利用延長と拡大利用に踏み切りました。

ちなみにドイツの石炭火力発電は、日本のものとは違い、効率は悪く、かつ褐炭を使用することが多いため、温暖化効果ガスの排出が多いのですが、これがまた、欧州の環境先進国を自負して、隣国ポーランドをはじめ、石炭をベースロード電源として用いる中東欧諸国を散々非難してきたしっぺ返しが来ています。

フランスについては、直接的に影響があったとは思えませんが、過剰なまでのウクライナ戦争へのコミットメントが、エネルギー・食料などの物価高騰に苦しむ消費者の怒りを買い、国民議会選挙で与党連合が100票以上議席を失い、代わりに左派連合とマリー・ルペン氏が率いるFront Nationaleが大幅に票を伸ばし、国内政治の運営が大変困難になる予想です。

「これは、ロシアによる欧州全体への宣戦布告」
「これは民主主義に対する挑戦」

と叫んで我慢を受け入れてきたウクライナ戦争への疲れと飽きがはっきりと表れるようになってきていると言えます。

(プーチン大統領がウクライナのEU加盟に反対しない訳)
そして今回の大きなトリックは、EU加盟候補国という非常に微妙な立ち位置の提供です。

このステータスにある国はまだまだたくさんあり、もう長年にわたって加盟に向けた努力をしていますが、なかなか加盟が叶わないのが現状です。実際に今回の訪問でも「候補国にはなったが、まだまだ加盟に向けてクリアする条件がたくさんある」と首脳たちが語っているのも事実です。

報道では、「欧州が示したウクライナへの連帯」という美しい姿が描かれたわけですが、実際には、国連でのウクライナ人の元同僚曰く、「ただの茶番だ」、「結局、ウクライナは見捨てられた」と語っていました。そして「トルコと同じで、ウクライナがEU加盟国になることはないのだろう…」とも。

EU加盟国も同じで、これまで頑なにEUの東欧諸国への拡大に異議を唱えてきたデンマークなどの北欧諸国も、今回は候補国認定には賛同したものの、「実際の加盟にはまだまだいくつものハードルがあり、かなり困難だと思われる。よほどウクライナが変わらない限り、デンマークは賛同しない」とのことでした。

そのことは、当のプーチン大統領も重々承知のようで、「ロシアとしては経済的な統合体としてのEUの加盟候補国になることに何ら反対はしない」と余裕しゃくしゃくな反応をして見せました。

軍事同盟のNATOに関してはあれほど反対しましたが、彼の過去の表現を借りれば「EUは共通外交政策も安全保障政策も結局は選ぶことが出来ない経済共同体に過ぎない。まあ、ロシアにとっては一つの大きなマーケットが隣にあるので便利なわけだが、全くロシアの脅威にはならない」と言ってのけたのもうなずける気がします。

あの手この手を使ってStand with Ukraine, stand by Ukrainiansを演出していますが、なかなか約束された武器が届かず、届いたとしても欧米仕様の最新兵器を使いこなせないウクライナ軍という状況が明確になる中、ここにきて火力とミサイルなどの“飛び道具”で圧倒するロシアからの、意地ともいえる攻撃の嵐にどこまでウクライナが耐えられるか、非常に懸念しています。

そのような中、なかなか勇気ある行動を取ったのが、バルト三国のリトアニアで、ロシアの飛び地であるカリーニングラードへのロシアからの鉄道での輸送を制限するという措置を発表しました。ロシア政府は激怒しつつも、バルト海経由での海路輸送に転換して対応するようですが、これはロシアからの攻撃はないと確信してのことでしょうか?

一応、欧米がロシアに課す制裁措置に沿ったものとのことですが、もしそうであるなら、どうして侵攻から4か月経ってからの突然の措置なのでしょうか?少し不可解です。

これは現在、リヒテンシュタイン在住のリトアニア出身の友人の話ですが、「ロシアからの離脱を鮮明にし、ロシアと事あるごとに結び付けられることへの抵抗と、欧州各国の覚悟を試しているのではないか」とのことでした。

今回の措置を受けて、EU各国とNATO加盟国は、言葉の通り、リトアニアや他のバルト三国をロシアから守るためにコミットするか否かを見極めるのではないかとのことです。これまで再三にわたり、EUからのリップサービスに騙されてきたとのことで、今回、ミサイル・イスカンダルまで配備されているカリーニングラードとロシア本土を切り離す賭けに出て、ロシアとの決別を明確にしたリトアニアの意思にどうこたえるのかを見たいそうです。

これは、たとえとしてはよくないかと思いますが、日本が仮に竹島を奪還しに行く、尖閣諸島周辺で活動する中国船を拿捕する、そして北方四島を奪還しに行くとした際に、本当にアメリカは来るのかを試すようなものでしょうか。考えるだけでも、背筋が凍りそうですが…。

(「インドがミャンマー侵攻」との情報に中国は)
ところで、どうしてもウクライナ戦争が報道で流れるがゆえに、忘れられがちになるのですが、世界の他の場所でも争いは起きています。

例えば、歴史の繰り返しでしょうか。インドが今、ミャンマー国境線を越えて、ミャンマーに侵攻しているという情報が入ってきました。

政府軍によるものではないとのことですが、かつてのビルマ帝国時代に英国の影響を受けたインドが侵攻して、ビルマ帝国を支配下に置くという図式の再現ではないかと思われる動きと言われています。

現時点では大きな争いには発展していないとのことですが、ミャンマー国軍によるクーデターと民主派グループとの争いの中で、各国のミャンマー離れが加速する中、かつての歴史に倣ったかのように、インドが今、静かに動き出しているようです。

そしてこれは、すでにミャンマーで勢力圏を築いているライバル・中国への挑戦とも受け止められており、表立って発言はしていませんが、中国政府内もざわついていると言われています。秋の5年に一度の中国共産党大会までは一切のいざこざを抱えたくない共産党指導部としては、よほどインドが明確にミャンマーへの侵攻を行わない限りは、状況をつぶさに追いつつも、口出しも手出しもしないでおこうということでしょうか。

とはいえ、北京にはどこか「ミャンマー国軍は中国を裏切らない(裏切れない)」との自信もあるようです。

伝えられている内容では、現時点ではまだ“あくまでも国境地帯のいざこざ”であり、中国政府がここで声を挙げたり、何らかの行動を取ったりするような段階ではないとの分析もあるようです。

いろいろな地政学的な思惑が絡んでいる複雑な情勢ではありますが、いつも被害を受けるのは一般市民であることを私たちは忘れてはいけません。

そしてその“一般市民への悪影響”は、何もウクライナの一般市民やミャンマーの人々だけではありません。

現在進行形のウクライナ戦争に絡む、ロシア艦隊による黒海封鎖は、ウクライナからの小麦をはじめとする穀物の各国への輸出を妨げています。まさしくそこが、トルコも間に入る形で解決を試みようとしている案件の一つなのですが、その最大の影響は、今回の戦争とは全く関係がないはずのアフリカ諸国で深刻化しています。

その最たる例が南スーダンと言われており、安価なウクライナ産穀物(特に小麦)に依存するサプライチェーンが確立していた中、今回の海上封鎖は、穀物が南スーダンの人々に届くことを遮っており、刻一刻と飢餓が深刻化しています。また隣国エチオピア同様、最近の砂漠バッタの大量発生の影響と、気候変動による干ばつの影響も重なり、事態が好転する兆しがありません。

そこに隣国エチオピアのティグレイ紛争の影響も重なり、そして今回の海上封鎖によって先進国側や周辺国にも、南スーダンに振り分けられる余剰分は存在せず、残念ながら最も脆弱だとされる国や地域から次々と危機的な食糧難に陥るという、大変な悪循環が表出してきています。

南スーダンに特使まで派遣するアメリカ政府も手をこまねいていますし、世界銀行や世界食糧計画(WFP)なども、ウクライナ対応に追われ、その他の危機的な状況に気づいても対応が間に合っていない状況が続いています。まさに本末転倒です。

(戦後をにらんだプーチン大統領の強かな戦略)
ロシアに侵攻され、一般市民が多く命を落としたり、住む家を追われたりしているウクライナの状況も目を覆いたくなるような惨状ですが、“ロシアに攻められた”という状況が“幸い”しているのか(言い方は悪いですが)、各国からの支援が続々と寄せられています。決して困っていないということはないのですが、ロシア軍が集中攻撃を受けて立てこもっているようなウクライナ東部の都市を除けば、食うに困る状況には陥っていません。多くの支援団体がすでにウクライナ入りして支援を行っていますし、周辺国に逃れた人たちも基本的には食べることはできているという報告を受けています。

しかし、直接的な戦争当事者でない遠く離れた地域の貧しき人たち、そして最も脆弱な境遇に置かれた人たちが、今、次々と世界から見捨てられ、日々飢えて命を失っていく。これもまた国際情勢の裏側の真実です。

ところで、ゼレンスキー大統領とその仲間たちが、支援を行う各国に向かって「もっと強い武器を送ってくれ」と要請し、「ロシアに勝つまでは」と言っているのですが、この“ロシアに勝つ”とはどのような状況を指すのでしょうか?

さすがにモスクワに攻め入ることはないでしょうし、ロシアの領内に一歩でも足を踏み入れ、NATOから供与された武器でも使った日には、プーチン大統領とその仲間たちの思うつぼです。

その時、もうすでに攻め込んでいるじゃないかという現実は記憶のかなたに押しやられ、「ロシアに攻めこんできたウクライナ」という状況が心理的にできれば、プーチン大統領とその仲間たちは、今まで以上のフリーハンドが与えられることに繋がります。それを、欧米諸国はよくわかっているようです。

そしてプーチン大統領も決してボケてはいません。ウクライナの食糧輸出を止めている張本人でありながら、その被害者たちに支援を行い、アフリカの国々をロシアサイドに引き寄せようとする、まさに戦後をにらんだ活動を始めています。

核兵器など使うこともなく、徐々に対ウクライナへの外交的な支援の壁をはがしていく…。何とも恐ろしい戦略に思えます。

国際社会にウクライナ疲れと飽きが目立ってくる中、最近、複数の国々からコンタクトを受けだしました。

「もしあなたが今の状況で調停努力を行うなら、どのような提案をするか」

こう尋ねられるのですが、このメルマガの1つ目のコーナー「無敵の交渉・コミュニケーション術」をお読みの皆さんなら私の答えは分かっていらっしゃるかと思います。

以上、国際情勢の裏側でした。

---owari---
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