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妻は寝室へ行き、先に横になった。私はベッドのそばにあるソファーに腰かけ、低い声で妻の名を呼んだ。しかし、返事はなかった。
しばらく沈黙が続いた後、妻は起き上がって部屋を出ようとしたが、私の目から涙が流れているのに気付いたようだった。彼女は近づいてきて、こう尋ねた。「どうしたの、あなた?」
妻を抱きしめた私の涙が、彼女の頬をぬらした。それから、二人で祈った。「神様、ごめんなさい。私たちは、またもやあなたに対して罪を犯してしまいました。あなたのお心を痛め、あなたの御名を辱めました。そのことで、サタンがどれほど勝ち誇り、あなたと聖天使たちをあざ笑ったことでしょう。主よ、どうか私たちの罪を赦し、再び聖所へとお導き下さい。もう一度あなたと、聖なる道を歩みたいのです。どうか、私たちの内にお宿りください。そして、私たちをあなたの内に宿らせて下さい。」
あの出来事以来、私たち夫婦は、さらなる愛情で結ばれるようになった。無論これは、勤勉に神の言葉を食べ、神と交わることによって得られる力を通してのみ、可能となったのであった。
原稿 : 世界を救う愛の預言 キリストはなぜ再び来られるのか
キリスト以後のクリスチャンたちは、キリストが再び「天から」下ってこられることを信じ、それを待ち望んで生きてきました。
「そして、死人の中からよみがえった神の御子、すなわち、わたしたちをきたるべき怒りから救い出して下さるイエスが、天から下ってこられるのを待つようになったかを、彼ら自身が言いひろめているのである」(テサロニケ人への第1の手紙1章10節)
「すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。だから、あなたがは、これらの言葉をもって互いに慰め合いなさい」。(同4章16~18節)
キリストがもう一度来られることを、再臨といいます。キリストが再臨されて、世界は全く新しいものに造りかえられるという信仰のゆえに、各時代のキリスト教徒たちは、困難を乗り越え、強い力を持って生きてきたのです。