何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

ホタルより星、転じて…

2021-02-20 09:51:25 | ひとりごと
ワンコが天上界の住犬になって5年と一月
今月のワンコ本の真意は未だ測りかねているので、
まずは心からのお礼を
 
ちょっと過労死するよ的な忙しさは体力的にキツイのだけど、
それよりもしんどかったのが気持ちの面だったよ
それは、
仕事仲間という範疇を越えて家族ぐるみで付き合っている後輩同僚に騙されていた?とまではいえないけれど、
少なくとも嘘をつかれている、と感じていたことに大きく起因していたんだよ
今は部署が変った後輩だけど、彼が残している功績足跡は多いので、
それを目にするたび、自分の何が悪かったのかと反省したり落ち込んだりしていた時間が過ぎ、
徐々に怒りと腹立たしさが増幅し、
でも、そんな自分にまた落ち込み、
これからの、自分のやり方にも迷いが出てきて、
二進も三進もいかない気分になり、
ついに先日心のなかで叫んだんだね
ワンコしんどいよ、と
愚痴や泣き言はいっても、基本ワンコにお願い事は言わない私には珍しく、
ワンコ助けて、と
そうしたら、その日のうちにワンコは対応してくれたんだね
ふきのとう花言葉 
真実は一つ 仲間
 
 
色々まだ思うところはあるけれど、
少なくとも、騙されていたり嘘をつかれていたわけではないのだということは判ったんだよ
それを私が知ったのは、ワンコにお願いした翌日のことだけど、
後輩側の事情が発せられたのは、まさに私がワンコにお願いした数時間後のことだったので、
本当に驚いたし感謝しているよ
他にも先週は、家人の健康も気遣ってくれて本当にありがとう
 
こう書いていると、
ワンコが今月のワンコ本で何をお告げしたかったのか?は分からないけれど、
ワンコの意図は分かったような気がするよ
ありがとうね
 
今年は庭のフキノトウが不作で、写真のたった四つしか見つけられなくて
貴重なフキノトウは天ぷらにして頂いたよ
そこから広がった食卓の話題も、ワンコお告げ本に(少し)つながるかな?
それは又つづく、とするね
ワンコの日の今日は心からのお礼を

是非に及ばず 違うだろう

2021-02-07 23:14:57 | ひとりごと

日曜の夜8時が待ち遠しい、この一年だった。

最終回の今日、自分はやはり信長が好きなのだということに改めて気づき、この一年は何だったのだろうかと、気を悪くしている自分に驚いている。

名古屋城の掛け軸

 

三年前 熱田神宮をお参りした頃、「信長と秀吉と家康の誰が好き?」と問われ、殺されてしまいそうな自分を恥じ、小さな声で「家康かな」と答えたが、この最終回を見て、やはり「信長かな」という思いがふつふつと湧いている。

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人間50年、から? - 何を見ても何かを思い出す

「基本暗記科目は嫌いだ」という野球小僧が訊いてきた「信長と秀吉と家康のうち、誰が一番好き?」という質問。あまりに単純で手垢がつきすぎているせ...

人間50年、から? - 何を見ても何かを思い出す

 

信長に、「是非に及ばず」と言わしめた光秀なのだから、抜きんでるものはあったのだろう。
だが、光秀を主人公に据えたがために、少し客観的史実を歪めてはいないだろうか。
信長が非道だと言われれば、そうかもしれないが、その非道の多くに光秀は率先して加担し、手柄をたて、城持ちにまで取り立ててもらっている。それを、いつのまにか信長一人の狂気にし、実戦部隊の光秀は実は平和を願う温厚な人だったと描くのは、違うだろう~~~。
もし、本当にそのような側面があるのなら、本能寺の変のあと、京の町衆は光秀についたのではないか。
しかし、実際にはそうはならず、山崎の戦いの後 落武者狩りに遭い死んだことになっている。
仮にそうではなく、日光あたりで裏から手を引いていたとしても、その生存を隠し裏から指南するという体をとるしかなかったのであれば、やはり本作のような、上から下まで全ての人に「麒麟を連れてこれる人」と信頼されるような人物ではなかったのではないだろうか。

信長が非道で狂気に取りつかれていて、それ故誰かが始末しなければならなかったのだとしたら、「よろず、作った者がその始末をなす他あるまい」は正論で、光秀は適任者かもしれないが、その後押しをするのが、濃姫というのは、違うだろう~~~。
百歩譲って、濃姫のこのセリフをさらに生かすなら、多く書物で採用されている通り、濃姫は本能寺で信長と最期を共にするべきだったと思うのだが。
それでこそ、自身の「よろず、作った者が始末をなす他あるまい」の言葉に重みが増すというもの。

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唯一無二 その壱 - 何を見ても何かを思い出す

「人間50年、から?」より熱田神宮というと、’’うつけもの’’の評判を覆し、天下に信長の名を知らしめた桶狭間の戦いの直前に、必勝祈願した神宮...

唯一無二 その壱 - 何を見ても何かを思い出す

 
 

唯一無二 その弐 - 何を見ても何かを思い出す

「人間50年、から?」「唯一無二その壱」より一番奥深い鳥居のそばに信長塀があったこともあり、熱田神宮の写真を拝しながら信長についてばかり書い...

唯一無二 その弐 - 何を見ても何かを思い出す

 

大っぴらな冷酷非情より、小細工を施す裏切り者のほうが許せないのか?という問いは、難しいものがあるが、最終回が終わったばかりの今、やはり自分は信長が好きなのだと改めて気づいた。

人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり(敦盛)

 

 

タイトルの「ちがうだろう」は一頃世間を賑わした暴言の一つなのだが、最近あれやこれやを目の当たりにするたび、心の中で「ちがうだろう~~~」と叫ぶ自分がいる。
まさか楽しみにしていた「麒麟がくる」の最後にまで、この言葉を投げかけなければならないとは思いもしなかったが、それでこそ桔梗の紋を主人公にした面目躍如???というものかもしれない。


一語のあるお台所

2021-02-05 18:39:39 | ひとりごと

1月20日ワンコの日の翌日
人生の大先輩から瑞々しく美味しい立派なイチゴが届いた。
ここ数年毎年この時期にイチゴを送って下さるのだが、初めてイチゴが届いたのは、ワンコが天上界の住犬になって二年目のことで、しかもワンコの日でもあり(ワンコが最後に口にしたのが、イチゴとカスタードクリームだった)、又その時期私は自分の方向性に思い悩んでいたこともあり、そのイチゴは人生の先輩とワンコからのエールのようにも思えて、心から有難かった。

最近、子どものリビング学習の効能について内輪で話題になったのだが、考えてみれば台所は大切なことを教えてくれる場所だった。料理というのは基本、大切な人を想いながらすることだからかもしれないが、だからこそ愛憎が入り混じるところでもあるのかもしれないということを再認識させてくれる本を読んだ。

「向日葵のある台所」(秋川滝美)


本の帯より引用
『学芸員の麻有子(46歳)は、東京の郊外で、中学二年生の娘・葵とともに、穏やかに暮らしていた。そんな折、麻有子の姉・鈴子から「母が倒れたので引き取って欲しい」と連絡があった。母とも姉とも折り合いが悪く、極力関わらないようにしてきたのにー。
姉の勝手な振る舞いにうんざりしつつも、受け入れざるを得なくなってしまう。
「いったん引き受けて、やはり居心地が悪いと自主的に戻ってもらう」という葵の提案のもと、絶縁状態だった母親との生活が始まった。
だが、葵の知られざる一面も見えてきたー。
肉親だからこそ許せない、心の棘がそこにあるー』

 

『どうして私ばっかり』『肉親だからこそ許せない、心の棘がそこにある―』という文字が赤文字で一際大きく記されている本の帯。

本書は、深くものを考えさせたり、格言名言の類が散りばめられたりするわけではないのだが、どこにでも起こりうる親子関係であるために、じわじわ感じさせるものはあった。
人間と云うのは、それが例え親子であっても相性というものがあるので、母と娘であっても理解しあえるわけではないのは当然だが、母と娘が折り合えない場合、それに連なる記憶が台所やリビングになってしまうのは、哀しいものだとしみじみ感じた。

本書には、精神的虐待を続けてきた母が過去を振り返り、『どうしてこういう言い方しかできないのかしら・・・自分でも本当に嫌になるわ。我が子相手にマウンティングなんて愚の骨頂。ずっとこんなことばっかりしてきなのね、私は』と反省の?弁を口にする場面があるが、考えてみると近年、自分より立派な子供を認められず、我が子相手にマウントをとる行為が如何に愚行かということを、お台所で考えてきた。

今、「女は競争心が強いので(会議が長引くため)会議には不向き」だとか「男の会議に加わってよいのは弁えている女だけだ」という発言が問題になっているが、この御仁 過去には「子供を産まぬ女を税金で面倒見るのはおかしい」とも言っている。
子供を産まぬ云々は2003年のことだが、考えてみると、ご成婚以来長くお子様を授かられず、流産を経て女児を授かられるや「一人産めたのだから、次は男児を」と言われたという雅子妃殿下は、この発言をどのようなお気持ちでお聞きになっただろうか。(雅子妃殿下がご体調を崩されたのは、2003年晩秋のことだった)

そして本書でも、後継ぎは男、ゆえに男を産んだ女はエライという発想で、我が子にマウンティングする場面がある。

世論調査をすると8割の人が東京五輪に反対だというので、この話題は恰好のエサになっているが、この御仁やマウントをとる親の発想は、何も今更始まったことではない。それを長く放置してきたがゆえに、世界に恥をさらす事態になっているのだと思う。


ペチュニアに向日葵
とはいえ、写真を撮ったのは一月も末のこと
軒下で冬を凌いでいるペチュニアと晩秋まで咲くという千輪咲き向日葵だ
一番厳しい時期は越えつつある

 

困難な時期に多くを学んだ台所、その主のご健康を心から祈っている。


守るべきもの

2021-01-08 09:51:25 | ひとりごと

奥穂より望む ジャンダルム

昨年12月御大が重度の徐脈で倒れた日の夜、ワンコからメッセージが届いた。
それが、どのような形で実現するのかは分からないが、そのメッセージの真ん中にあるジャンダルムと合言葉を胸に、今年は頑張ろうと思う。

Gendarmerie ジャンダルム 

憲兵と訳すのが正確なのかもしれないが、登山用語として定着しているジャンダルムには、尾根上の通行を邪魔する岩稜という意味があるらしい。

だが私には、山小屋で聞いた「主峰を守る前衛」という言葉こそが相応しい。
確かに、異様ともいえる岩稜は敵に回すとこのうえなく厄介だと思うが、守り神と受け留めればこれほど頼もしい威容もない。

今年も当分続くだろうコロナ禍も、その時々に対応していかなければならない問題も、受け止め方で違ってくるものがあると思う。
ともかく私にとっては、ジャンダルムは大切なものを守る!との意味。
それをワンコからのメッセージと受け留め、今年も頑張ろう!!!

そんな気持ちに力を与えてくれる、山の達人の言葉を記しておく。

「一歩踏み出せるなら、もう一歩も踏み出せる」 (トッド=スキナー)

「岳 みんなの山」(石塚真一)
 一つ、 困難は自分一人で乗り越える
 二つ、 誰かの困難は自分一人でも全力で助ける
 三つ、 山では笑う

「生き抜くことは冒険だ」長谷川恒男 (本のタイトル)


かけがえのないものを守る

2021-01-03 15:41:41 | ひとりごと

昨年の二月半ば、まだこの新型コロナウィルスの何たるかが周知されていなかった段階で、天皇陛下は御即位後初めてとなるご自身のお誕生日の一般参賀を中止された。
そして今年の新年一般参賀も、感染予防の観点から中止となった。例年なら、一般参賀の折に天皇陛下がお言葉を述べられるのだが、今年はそれに代わり両陛下のビデオメッセージが届けられた。

天皇陛下、新年のビデオメッセージ

昨年末、新型コロナに対して特別の措置を講じないことで集団免疫を得るという政策を実施していた国が、冬場になり猛威を振るうコロナ禍に、ついに政策の方向転換を図ったのだが、それについて国王がテレビ演説で、「私たちは失敗したと思う。たくさんの人が亡くなったのはひどいことだ」「国民は困難な状況の中で非常に苦しんだ。病気の家族にさよならを言えなかった人々のことを考えている。温かな別れの言葉を言えないのはつらく、トラウマになる経験だと思う」と おっしゃったという。

このお言葉の「失敗した」という部分が大きくとりあげられ、国王が政策を批判したと話題となったが、おそれながら拝察するに、私は国王が特定の政策をあるいは政権の判断を批判されたのではないと思う。

私はその言語を解さないので、「失敗した」という訳が適切なのかは分からない。
国王は、たくさんの方が亡くなられ、しかも感染症ゆえに最期のお別れができなかったという状況となってしまったことに、心を痛められ、私たちは残念な悲しむべき状況にいる、というお気持ちで、その語を用いられたのだと、私は思う。

だが、このお言葉が、感染拡大の対応に苦慮している世界中の人々に様々に引用される事態となってしまったのを見るにつけ、このタイミングでこのような形で、このようなお言葉を述べられた両陛下と宮内庁の判断に敬服している。

御即位から一年の昨年の㋄1日は、緊急事態宣言下でstay homeが呼びかけられている真っ最中だった。
あの頃はまだ張り詰めるような緊張感があったから、そこで「皆で心をあわせ」とのお言葉があれば、ある種 劇的な効果はあったのだろうが、それは政府の自粛政策を後押しするものと受け留められたと思う。
だが、不要不急の外出の自粛要請で、人出の絶えた場所に関わる人々は、おそらく自分たちの存在を不要不急のものなのか?と心を痛められたに違いない。

天皇陛下が公にコロナ禍に言及されたのは、8月15日戦没者追悼式典でのことだった。
そのことの重要性をとりあげた記事は少なかったが、実は戦没者追悼式典のお言葉で、先の大戦以外の内容に触れられたのは初めてのことだったという。数多くの災害に見舞われた平成でも加えられることがなかった内容が、初めて加えられえたのだ。災禍を、亡くなった数や失われた経済規模で語るべきでは決してないが、このコロナ禍が命と経済と生き方に大きな影響を及ぼしている事を重く受け留められているからこその、8月15日のお言葉だったと思う。

そして、皇后陛下のお誕生日のご感想にあった、国民について「幸せであって頂きたいかけがえのない存在」というお言葉。
皇后陛下はハーバード大学で経済を学ばれ、しかもマグナクムラウデでご卒業されているお方なので、おそらくその経済への影響もご心配されているに違いないが、すべてを飲み込み、国民の幸せと健康を願う言葉を述べておられる。

そうして新年のメッセージで、歴史学者でもあられる天皇陛下は、様々な問題に直面している国民の身の上を案じて下さりながら、人類は団結と忍耐で乗り越えてきたと、安心して暮らせる日が必ずや遠くない将来に来ると述べておられる。
一見すると抽象的なお言葉のようだが、水の研究を通して災害や疫病を乗り越えてきた歴史について、世界中で講義を重ねてこられた天皇陛下の御言葉には、歴史の裏付けという重みがある。

人との距離を考えなければならない状況は続くと思うが、それぞれがお互いをかけがえのない存在だと思い、『互いに思いやりを持って助け合い,支え合いながら,進んで行』かなければならない、と思っている。

 

 

ビデオメッセージ全文
宮内庁ホームページより https://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/86#276

天皇陛下

皆さん新年おめでとうございます。


皇后陛下

おめでとうございます。


天皇陛下

今年の正月は,新型コロナウイルス感染症の感染拡大により,残念ながら一般参賀の場で皆さんに直接お話をすることができなくなりました。そこで,今回は,ビデオで新年の御挨拶をしようと思います。

振り返りますと,昨年7月に,豪雨により多くの尊い命が失われたことは痛ましいことでした。御家族を亡くされた方々や,住む家を無くし,仮設住宅などで御苦労の多い生活をされている方々の身を案じています。

この1年,私たちは,新型コロナウイルスという,今の時代を生きる私たちのほとんどが経験したことのない規模での未知のウイルスの感染拡大による様々な困難と試練に直面してきました。世界各国で,そして日本でも多くの方が亡くなり,大切な方を失われた御家族の皆さんのお悲しみもいかばかりかと思います。

そのような中で,医師・看護師を始めとした医療に携わる皆さんが,大勢の患者さんの命を救うために,日夜献身的に医療活動に力を尽くしてこられていることに深い敬意と感謝の意を表します。同時に,感染の拡大に伴い,医療の現場がひっ迫し,医療従事者の皆さんの負担が一層厳しさを増している昨今の状況が案じられます。

また,感染拡大の防止のために尽力されている感染症対策の専門家や保健業務に携わる皆さん,様々な面で協力をされている多くの施設や,国民の皆さんの努力や御苦労も大変大きいものと思います。

この感染症により,私たちの日常は大きく変わりました。特に,感染拡大の影響を受けて,仕事や住まいを失うなど困窮し,あるいは,孤独に陥るなど,様々な理由により困難な状況に置かれている人々の身の上を案じています。感染症の感染拡大防止と社会経済活動の両立の難しさを感じます。また,感染された方や医療に従事される方,更にはその御家族に対する差別や偏見といった問題などが起きていることも案じられます。その一方で,困難に直面している人々に寄り添い,支えようと活動されている方々の御努力,献身に勇気付けられる思いがいたします。

私たち人類は,これまでいくも恐ろしい疫病や大きな自然災害に見舞われてきました。しかし,その度に,団結力と忍耐をもって,それらの試練を乗り越えてきたものと思います。今,この難局にあって,人々が将来への確固たる希望を胸に,安心して暮らせる日が必ずや遠くない将来に来ることを信じ,皆が互いに思いやりを持って助け合い,支え合いながら,進んで行くことを心から願っています。

即位以来,私たちは,皆さんと広く接することを願ってきました。新型コロナウイルス感染症が収まり,再び皆さんと直接お会いできる日を心待ちにしています。

そして,今年が,皆さんにとって,希望を持って歩んでいくことのできる年になることを心から願います。ここに,我が国と世界の人々の安寧と幸せ,そして平和を祈ります。


皇后陛下

この1年,多くの方が本当に大変な思いをされてきたことと思います。今年が,皆様にとって少しでも穏やかな年となるよう心からお祈りいたします。

また,この冬は,早くから各地で厳しい寒さや大雪に見舞われています。どうぞ皆様くれぐれもお体を大切にお過ごしいただきますように。

https://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/86#276