何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

タイミング的に合ってるよ(笑い)part2 ワンコ

2019-11-30 04:42:41 | ひとりごと

しっかしさ、ワンコも面白い悪戯をするよね
例の言葉は、今年の流行語大賞嫌なヤツ部門一位をとって然るべきだと思っていたのだけれど、
それを、よりにもよって先月30日に読ませるなんて、
ワンコの悪戯心に思わす笑ってしまったよ

『身の丈』

兄の一世一代の儀式には「身の丈にあったものせよ」とにケチをつけながら、その儀式に自分が真っ新な装束を新調することや50億もの費用をかけて住まいを増改築ことには何の疑問も感じないとか、真面目に真剣に受験勉強している生徒たちには「身の丈に合わせて頑張って」と言いながら、お仲間たちは受験産業からの便宜供与に天下り等ズブズブの関係だとか。
およそ人さまに「身の丈」云々を言えない人たちが、身の程知らずの発言をするから世の中おかしなことになってしまう。

そんなことの象徴のような日、ワンコお勧めの本「贖罪」(湊かなえ)に、「身の丈」の言葉を見つけたのだから、
ワンコのブラックユーモア―には参ったよ。

身の丈にあった人生を送らなければならない。
 これは、物心ついたl頃から、うちのおじいちゃんによく聞かされた話。
 人はすべて平等だなんて思ってはいけない。
 生まれたときから、それぞれが与えられているものは違うのだから。
 貧乏人が金持ちのフリをしてはいけない。
 バカが学者のフリをしてはいけない。
 貧乏人は慎ましさの中にに幸せを求め、バカはバカなりにできることを一生懸命がんばればいいのだ。
 身の丈以上のものを求めようとすれば、不幸になるだけ。
 お天道様はしっかりとみているのだから、バチがあたる。』(『 』「贖罪」より)

「贖罪」は、一緒に遊んでいた美少女が、目の前で連れていかれて殺されてしまったのに、犯人の顔を思い出せず事件が迷宮入りとなってしまったことから人生の歯車を違えてしまった少女たちの話なのだけど、その内の一人が、身の丈にあった人生を送るようにおじいちゃんから聞かされていたんだよ。

その少女は、勉強は苦手だけれど運動神経は良かったし、体型がガッチリしてるけど顔は悪くなかったし、周りの皆も似たり寄ったりだから、世の中を不平等とは感じてなかったのに、おじいちゃんは少女を不器量と決めつけたうえで、それを慰め励ますために「身の丈」云々を言って聞かせ、逆に少女を傷つけ、前向きに生きる生気を少女から奪ってしまう。

こうしてみるとさ、
「身の丈」というのは、一見至極まともなことを言ってるようだけど、
実はあまり自分自身に向けては使わないんじゃないかな?
何かを諦めさせるために、周囲の人間が言って聞かせることが多いんじゃないかな?
でもって、諦めてくれた方が、周囲の人間にとって都合がいいことが多いんじゃないかな?

年齢的に(少しは)説教を垂れる機会も出てきているけれど、
可能性を小さくまとめてしまう「身の丈」なんて言葉は決して使わず、
自分こそ「身の程知らず」という誹りを受けないよう、研鑽を積んでいかないといけないね

さてさて、ワンコ
ワンコが本を勧めてくれるおかげで、このくそ忙しいなかでも本を読み続けることができること
本当に感謝しているよ
このところワンコが勧めてくれる本は、魂を揺すぶられる名言が散りばめられるものでもなければ生き方を変える一冊!とかでもないけれど、単純に純粋に本に集中する楽しい時間を持たせてくれるから、ありがたいよ
このくそ忙しい生活は当分続きそうだから、ワンコお勧めの本だけが頼りだよ
来年もよろしくお願いするね ワンコ
 
21年心の宝でいてくれてありがとう ワンコ
 
この文は2019年12月末に書いたが、(掲載は)時間マジックを使っている。
よって本文の「先月30日」は、11月30日のこと。

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タイミングは合ってるよ(笑い)ワンコ

2019-11-25 00:11:11 | ひとりごと
17歳と二ヶ月の地上での生活を経て天上界の住犬となったワンコ
ワンコ生誕の日から、21年ずっと私の心の宝でいてくれて ありがとう

ワンコ生誕祭から日が経ってしまった、どころか、
ほぼ一月たってしまったから、今更時間マジックでもないけれど、
この流れには意味があったのかな?と今は思っているんだよ

「贖罪」(湊かなえ)
 
本書は、取り柄と言えるのはきれいな空気だという穏やかな田舎町で起きた美少女殺人事件の15年後を、イヤミス得意の、関係者の語りという手法で描いた作品だ。
15年前、平凡な田舎町に転勤で越してきた美少女が殺された。直前まで一緒にバレーボールをしていた四人の女の子は、犯人と目される男と言葉を交わしていたものの、顔を思い出すことができず、事件はお蔵入りとなる。
娘を喪った母親が四人の少女に放った「あなたたちを絶対に許さない。必ず犯人を見つけなさい。それができないのなら、わたしが納得できる償いをしなさい」という言葉は、その後の四人の少女の人生に圧し掛かり、悲劇の連鎖を生んでいく。

というお話なんだけど、
ねぇワンコ どうしてこの話を誕生祭に向けてお告げしてきたかな?
作中出てくる不愉快な言葉は、読んだその日(11/30)があまりにタイムリーだったので、
思わずワンコのいたずら心に笑ってしまったけれど、
それでも生誕祭にお告げしてくることでもないよね、と思っていたんだよ
でも、
物語の最後に、被害者の母の呪いの呪縛から(少し)解放された元少女の言葉は、今の私達には意味があるように思えたよ

「目の前に差し出された善意は、素直に受け取ることにしたの。
 自分は無力だってことを認めて、ヘンなプライドは捨ててみた。」(『 』「贖罪」より)
 
君も私も、誰かに頼ったり任せたり甘えたりするのが下手で、
そうするくらいなら、自分でしてしまった方が気が楽だというところがあるよね
今の君はそのドツボに嵌ってしまい、板挟みになりながら問題を一人で抱え込んで、まさに寝食削って事にあたり成果もあげているはずなのに、正当に評価されないことに苦しんでいるから、私が腹を括るときの言葉を伝えてしまったけれど、
その言葉の主を君は嫌っていたね

「行蔵は我に属す 毀誉は他人の主張」(勝海舟)

かってにお城を無血開城し、武士を路頭に迷わせながら、自分たちはちゃっかり?新政府が差し出す要職についてる勝海舟や榎本武揚の生きざまを痛烈に批判した福沢諭吉。
そして、その諭吉先生の批判(痩せ我慢の説)に対しての、勝さんからの返事が「行蔵は我にあり 毀誉は他人の主張」だから、
諭吉先生と同じ理由で勝海舟が嫌いな君には、この言葉も手前勝手な言い分に思えるのかもしれないけれど、
板挟みになりながら、一人であらん限りの力を振り絞ってできる限りのことをしている君にはピッタリな言葉に思えたんだよ
 
勝さんの言葉はともかく、
信念に基づき、やれるだけのことを精一杯やったら、あとは、言いたい人には言いたいように言わせておく、
と言って君は少し気持ちを持ち直してくれたけれど、
ただ、もう一歩進めるとね、
自分が信じた道を自分が正しいと思うやり方で一人で頑張る、だけでは足りない年齢や立場があると思うんだよ
 
中間管理職的な難しさがあるのは確かだし、そもそも失われた20年のせいで肝心の中間管理職的世代がいないという問題もあるし、昨今の働き方改革のしわ寄せが中堅世代に圧し掛かっているという問題もある
そんな状態で、
自分一人で出来ることにはやはり限度があるし、
自分一人でしてしまうと後輩が育たない、ということもあるんだよ
そんなことは君だって頭では十分に分かっていて、それでも悩んでいるのだから、
今それを伝えても、反発されるだけのような気がして言えなかったけれど、
自分の限界を知って、素直に協力を仰いだ方がいいと思うんだよ・・私自身もね
 
いつか、そんな話を実体験に基づき言える自分になるため、私も肩の力を抜きつつ頑張らなければいけないね ワンコ
私もたいがい意固地になって自分一人でやっちまう人だもんね
今年もあと少し、反省し始めるとキリがないし、
来年の段取りを考えると不安になることもあるけれど、
今自分にできることを日々精一杯がんばるしかないね ワンコ
見守っていてね ワンコ

追記
最近なかなかブログに向かう時間がないのだが、書くたびにブログの仕様が変化していて、どんどん使い勝手が悪くなっていると感じるのは、気のせいだろうか?
それは兎も角、もう一つのタイムリーな不愉快な言葉は、時期をみてまた時間マジックを使って報告する予定だが、予定は未定だという状態だ。 
 
この文は、2019年12月末に書いたが、時間マジックを使っている。

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何を守る? ワンコ

2019-11-20 09:51:25 | ひとりごと
ワンコが天上界の住犬になって3年と10か月。
最近あまりに忙しく、 経机のワンコとゆっくり語り合うことはできない私に怒っているのかい?
今日という日でさえ、時間マジックを使わざるを得ない状況だもんね
ゴメンね ワンコ
だからかな?
ワンコの気配を感じることはあるのだけれど、ワンコは私の夢にはでてきてくれないね
つい先日、経机のワンコの飲み物が、コーヒーとお茶になっていて驚いたのだけど、
それはワンコが家人の夢で、
「僕もそろそろあったかいお茶が欲しい」って訴えたからなんだってね
ワンコはコーヒーの香りがとっても好きだったから、毎朝コーヒーとお水、
夜にはお水とワンコクッキーをお供えしてきたけれど、
寒い時期は、お茶が欲しかったとは、気づかなくてゴメンね
 
当分の間 忙しい日々は続くのだけど、だからこそワンコの助けが必要なんだよ
これからは私の夢にも遊びに来てね
ところでさ、今月のワンコお告げの本
ワンコがお告げしてくれた理由がさっぱり分からなかったよ
 
「美しき凶器」(東野圭吾)
 
慢性的に忙しくなかなか本を読む時間がないので、今月はお告げがないかな、と心配していたのだよ
でも、調べものに行った図書館で、ワンコは本書をお告げしてきたんだな
だから、万障繰り合わせて本書を読んだのだけど、
ワンコが伝えたかった内容というものは、さっぱり分からなかったよ
 
本書はね、サスペンスとはいえ初版が1997年だから、ネタばれも許されると思うのだけど、
世界的に活躍したスポーツ選手たちが、自らのドーピングの過去を知るドクターを葬り去ったことから、
今度は、ドクターの現在の門下生に命を狙われるというストーリーなんだよ
 
東野氏の初期の作品で、捻りも味も無いけれど、
捻りも味もない分、軽快感はあったので一気に読むことができたよ
一気読みで気分転換できた、と感じた瞬間、
・・・このためにワンコは、本書を選んでくれたんだな、と思ったよ
 
少しだけ内容に触れておくと、
ドーピングの過去を知られたくない元スポーツ選手たちの強盗殺人が事件の発端なんだよ
これはもちろん、ドーピングをした選手の側の倫理観も問われるのだけど、
本書では、薬物や人体改造や生命倫理に反する行為を施した側(医療者)の罪もクローズアップされているんだよ
そう感じたのは、少し前に読んだ本が偶然にも薬や医療の二面性を問うものだったからかもしれないね
 
それについては又つづくとするね
 

神経痛を患ってからは、少し肌寒くなると、洋服を着たもんだね 
何を着ても良く似合っていたけれど、この服を着た時は、凛々しさよりも幼い可愛さが際立っていたよね  


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幸せとは、君を思うこと②

2019-11-15 11:11:11 | ニュース
御即位を祝う国民祭典で演奏された楽曲「Ray of Water」(作曲・菅野よう子氏、作詞・岡田惠和氏、ピアノ・辻井伸行氏は今上陛下のご研究をふまえた素晴らしいものだったが、なかでも嵐が歌った第三楽章「Journey to Harmony」は、歌詞の温かさと雅子皇后の涙が大きな感動を呼んでいる。

雅子皇后の涙がこれほどまでに感動を呼ぶのは、その道のりが決して平坦ではなかったことを、心ある国民は知っているからだが、歌詞で繰り返される「君」に、それぞれが自分の大切な人を重ねたからだとも、私は思う。

そう感じた時に心に浮かんだのは、意外な本だった。
年齢的なものはもちろんあるが、それが相応しい年齢の時にも決して読まなかっただろう種類の本を読んだのは、ドツボにハマってしまっている君が昨年に引き続き勧めてくれた本であったせいだ。

「また、同じ夢を見ていた」(住野よる)

本書は、お利口でおませで少し孤独な女の子が、小学校の先生にだされた「幸せとは何か」という課題を考え歩く話なのだが、その答えの一つに、『幸せとは、誰かのことを真剣に考えられるということだ』というものがある。
「幸せとは何か」をテーマに、一人?の人生をたどるという手法は、味な仕掛けというには微妙なのだが、世代ごとに何を幸せと感じるのか、何を後悔するのか、何を諦めて諦めた先にどんな時間を持つのかを、ほんわか(ぼんやり)と伝えるには巧いものなのかもしれない。
そんな曖昧ななかで今の私にまっすぐ届いた唯一の言葉が、『幸せとは、誰かのことを真剣に考えられるということだ』がだった。

それが、「Journey to Harmony」歌詞の『君が笑えば世界が輝く』『誰かの幸せが時代(とき)を照らす』『僕らの喜びをよ 君に届け』に重なったのだ。

「君が笑い、誰かが幸せなことが、自分の喜び」というのは、子供の頃から大切にしてきたキャプテンハーロックの言葉人が人として最も美しいのは、他人の痛みを自分の痛みとして感じている時 人が人として最も醜いのは、他人を踏みつけにして自分を立てようとする時(我が青春んアルカディアより)』につながるのだと思っているが、かってに笑ってくれてたら嬉しい、かってに幸せになってくれたら嬉しい、というのでは本書の作者・住野氏が云う「幸せ」ではないだろう。

君が笑えるよう、幸せだと感じられるよう、真剣に考え応援できることこそが喜びなのだと、当たり前のことながら改めて気づかされた。

そんな思いに浸っていたのだが、恐ろしいけれど然もありなんという記事を読んでしまった。
 
<即位パレードで「雅子さまの足跡」をたどるマスコミが触れなかった男子を産まない皇后への過酷な圧力と<即位パレードで「雅子さまの足跡」をたどるマスコミが触れなかった男子を産まない皇后への過酷な圧力と深刻な事件!>
LITERA 2019.11.12.06.58 配信  https://lite-ra.com/2019/11/post-5085.html
 
<皇室記者が現場で感じた、新天皇夫婦と上皇夫婦の「大きな違い」>
現代ビジネス 2019.11.10 配信 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68337
 
平成の皇太子ご一家を襲ったバッシング報道の異様さ、その意図や背後の思惑については思うところがあったのだが、そのごくごく一部が公に語られるようになったことに驚いている。

その驚きと怒りを御目出度い雰囲気に包まれている今ぶちまけることはしないが、この記事の冒頭にある<「本当は雅子さんはもう、なんだってできますよ」。5年ほど前、夫妻に近い筋からそう聞いていました。前天皇夫妻に過剰な遠慮をする必要がなくなれば、雅子さんは必ず復活する。それは現役の担当記者をしていた十数年前から信じていたことでした。>は、同じく住野氏の「君の膵臓を食べたかった」のある件を思い出させた。

『桜は散ってから、
 実はその三ヶ月くらい後には
 次の花の芽をつけるんだよ。
 その芽は一度眠るの。暖かくなってくるのを待って、
 それから一気に咲く。つまり、
 桜は咲くべき時を待ってるんだよ。素敵じゃない?』(『 』「君の膵臓を食べたかった」より)

雅子皇后を、散った桜に例えるのは失礼千万であることは重々承知しているが、まるでポストが赤いのも雅子妃殿下のせいだと言わんばかりのバッシングの頃は、果たしてお元気になられ復活される日はくるのだろうかと心を痛めて応援していた。正直なところ、それなりの雑誌に「弟が天皇になる日」やら「皇太子殿下、ご退位なさいませ」(著者は、それにより得をするところと結びつきが深い)などという見出しが躍った時には、このまま枯れ落ちてしまわれるのではないかと心配すると同時に怒りに震えたものだった。

だが、そうではなかった。

もちろん現在も治療は続いているのだろうが(心の病は完治という言葉は用ず寛解というのだそうだ)、数年前から格段に良くなられ、ご活躍も可能だったという。
それを引き留めていたもの、そうと知りながらバッシングに乗じたもの、それだけではない、そもそも心の病に追い込んだもの、その根底にある思想。
眠りながら待つしか命を守る術がないのではないかと思わせるほどの苛烈なバッシングだった。
それらのどす黒い堆積土に埋もれながら、咲くべき時を待っておられた。

今 一気に咲きはじめた雅子皇后の花が、これから次々と蕾をふくらませ 花開いていくよう心から祈り応援を続けたいと思っている。

 

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幸せとは、君を思うこと①

2019-11-11 01:11:11 | ニュース
 
11月9日、御即位を祝う国民祭典で披露された楽曲「Ray of Water」(作曲・菅野よう子氏、作詞・岡田惠和氏、ピアノ・辻井伸行氏)は、今上陛下のご研究と誰にとっても大切な想いを歌う素晴らしいものだった。(『 』「Ray of Water」より引用)
 
はじめはどこかの 岩かげにしたたり 落ちたひとしずくの 水が平野流れ やがて研ぎ澄まされ』『あの大河だって はじめはひとしずく 僕らの幸せも 大河にすればいい』という歌詞で始まる第三楽章「Journey to Harmony」を聞いた時、今上陛下の御歌を思い出したのは、私だけではないはずだ。

平成29年歌会始 お題「野」
岩かげにしたたり落つる山の水 大河となりて 野を流れゆく 
 
この御歌が好きな私は、皇太子様の御歌に おこがましくも(自分の)梓川の最初の一滴(槍ヶ岳への登山道)の写真にあわせて掲載したことがある。
 
山を歩かれる皇太子様は、山頂近くの水源地の最初の一滴を御存知であろうし、岩陰から滴り落ちる最初の一滴が、いかに急峻な斜面を転がり落ちながら少しずつ川幅を広げていくかも御存知だと思う。

最初の一滴は孤独で、厳しい道を歩まなければならないが、やがて川幅を広げるごとに流れは緩やかで雄大になり、周辺の土地を潤しながら、大海原へと注ぎ込んでいく。

以前、皇太子さまの御歌を記した時にも、水の旅が皇太子様の歩まれる道に重なり、更にはそれが敬宮さまへ続くことを祈ると記したものだが、その思いを嵐の歌は、思い出させてくれるものだった。

嵐、天皇皇后両陛下に奉祝曲「Ray of Water」熱唱

この歌詞を聞けば、短い歌のなかに何度となく読み込まれる「君」に あれこれ言う人もいるだろう。

たしかに私などは、両陛下がただ穏やかに笑顔でいてくださるだけで「世界は輝き、時代を照らす」ように感じるが、それは神話を後光にした権威に感じ入るからではなく、長きにわたる苦難の道のりを経ての御即位だと知っているからだ。

その道のりに思いを致し、苦難の時も諦めずに歩む自分でありたい、苦難にある人の力になり続けることのできる自分でありたい、と自然に思え、大切な人たちの顔が目に浮かんだからだ。

そうして、数日前に読んだばかりの本と、その作者の代表作の一節を思い出した。

それについては又つづく (かもしれない・・・とにかく猛烈に忙しく、現状ではなかなかブログに向き合う時間をとることができない。その本も、ドツボにハマっている君が読んでいたものでなければ、あえて読みはしなかっただろうジャンルなのだが、このタイミングでその本を思い出したのだから、意味ある読書の時間だったのだと今は思っている)



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