「息ある限り①」より
今月のワンコお告げの本は、長寿に相当懐疑的なものを持っている久坂部氏の「祝葬」と 笹本稜平氏の山岳もの「k2復活のソロ」という一見共通点のないものだったので、最初は???と思いながら読んだのだけど、読み進めて驚くべき共通点に出くわしたんだよ
それが、この写真なんだな
ワンコのお山なんだな
久坂部氏の本はほぼすべて読んでいるつもりだが、山それも穂高について書かれたものを読んだ記憶が、私にはない。
笹本氏は山岳小説を多く手掛けているので、国内外いろいろな山が描かれているが、穂高が印象的に描かれていた記憶が、私にはない。
それが、ワンコが今月お告げしてくれた、この二冊には期せずして穂高が描かれているのだ。
「祝葬」には奥穂が、「k2」には北穂が。
ねぇワンコ
恒例の夏山登山の予定は組んだものの、忙しさにかまけて全く訓練をしていない私を見かね、
本を通じて警告してくれているんだろう?
脚力の低下は勿論だけど、酷くなるばかりの腱鞘炎で岩を掴むことができるのか、
心配してくれているんだろう?
実際のところ、忙しいのもあるけれど、7月になって一度も晴れの日がないという異常事態なので、
夏山への意識が沸きにくいというのもあったのだけど、
ワンコが心配してくれているから、あと三週間体力増強に努めてみるよ
ありがとう ワンコ
もう一つ、
ワンコのおかげで、10連休中訪れた上高地から仰いだ穂高の写真を見ることができて、本当に良かったよ
このところ、忙しさとは違う嫌な疲れが身にたまり、本当にしんどくなっていたんだよ
2月まで支えてくれた有能片腕君のような若者もいるのだから、
「今どきの若者は・・・」なんて言葉は口にしたくなかったけれど、
ひと昔前では信じられないような、能力と責任感の低下欠如に
くたびれ果ててしまっている
話がかみ合わないのは、信頼関係が崩壊しているからなのか、
仕事への向き合い方スタンスが、違いすぎるからなのか、
最近あらゆる分野の人が、同様の愚痴を口にしていることを慰めに、我慢しているけれど、
それでも、もう堪忍袋の緒が切れそうなんだよ
だけど、穂高の写真で一息つけたから、明日からの新しい週は少し気持ちを入れ替え頑張ってみるよ
もう一つ、
これは、とっても重い内容でいくら本を読んでも答えがでるものではないのだけれど、
昨年夏、クモ膜下出血で倒れた知人のお見舞いに出かけたんだよ
夜中にトイレで倒れておられたようだが、朝方ご家族に発見されるまで、かなり時間がたってしまったことが悪かったのか、
クモ膜下出血が起こった場所が悪かったのか、
一命をとりとめられたことをご家族が喜ばれたのも束の間、
その後はかなり厳しい状況におられる
一年たって、両足と片腕はまったく動かすことができず、
ご家族のことは、なんとなく理解されているようだが、という意識状態のようだ
かなり病弱なお子さんを抱えて孤軍奮闘されている、奥さんの日常を思うと、心が痛む
以前から、不治の病への過剰な医療行為に懐疑的で、政策的にピンピンコロリを肯定するかのような作品を描いていた久坂部氏だが、最近では、それに拍車がかかり、予防医学や長寿社会にまで懐疑的になっている様子が伺える。
「祝葬」の主人公である医師は、年老い気力が萎えてなお生き続けることに倦み疲れ、 若くして亡くなった友の「もし、君が僕の葬式に来てくれるようなことになったら、そのときは僕を祝福してくれ」という言葉を事あるごとに思いだす。
そうして物語の最後に、
「人はだれしも、ただ一度だけ、自分の死を死ぬ以外にはない」と自分を納得させるのだ。
こう書くと、希望がまったくないようだけど、
ねぇワンコ
「k2」には、末期がんの治療にQOLの観点から積極的に取り組む人物を描いているんだけれど、
そこで紹介されているネパールの格言も考えさせられるよ
「息ある限り希望がある」
ねぇワンコ
何が正しいかなんて分からないよね
その時々、自分にできることを自分らしく精一杯頑張るしかないよね
その頑張る力を内にためるために、
来月は、ワンコのお山で元気をもらってくるよ ワンコ
ありがとうね ワンコ
今月のワンコお告げの本は、長寿に相当懐疑的なものを持っている久坂部氏の「祝葬」と 笹本稜平氏の山岳もの「k2復活のソロ」という一見共通点のないものだったので、最初は???と思いながら読んだのだけど、読み進めて驚くべき共通点に出くわしたんだよ
ワンコのお山なんだな
久坂部氏の本はほぼすべて読んでいるつもりだが、山それも穂高について書かれたものを読んだ記憶が、私にはない。
笹本氏は山岳小説を多く手掛けているので、国内外いろいろな山が描かれているが、穂高が印象的に描かれていた記憶が、私にはない。
それが、ワンコが今月お告げしてくれた、この二冊には期せずして穂高が描かれているのだ。
「祝葬」には奥穂が、「k2」には北穂が。
ねぇワンコ
恒例の夏山登山の予定は組んだものの、忙しさにかまけて全く訓練をしていない私を見かね、
本を通じて警告してくれているんだろう?
脚力の低下は勿論だけど、酷くなるばかりの腱鞘炎で岩を掴むことができるのか、
心配してくれているんだろう?
実際のところ、忙しいのもあるけれど、7月になって一度も晴れの日がないという異常事態なので、
夏山への意識が沸きにくいというのもあったのだけど、
ワンコが心配してくれているから、あと三週間体力増強に努めてみるよ
ありがとう ワンコ
もう一つ、
ワンコのおかげで、10連休中訪れた上高地から仰いだ穂高の写真を見ることができて、本当に良かったよ
このところ、忙しさとは違う嫌な疲れが身にたまり、本当にしんどくなっていたんだよ
2月まで支えてくれた有能片腕君のような若者もいるのだから、
「今どきの若者は・・・」なんて言葉は口にしたくなかったけれど、
ひと昔前では信じられないような、能力と責任感の低下欠如に
くたびれ果ててしまっている
話がかみ合わないのは、信頼関係が崩壊しているからなのか、
仕事への向き合い方スタンスが、違いすぎるからなのか、
最近あらゆる分野の人が、同様の愚痴を口にしていることを慰めに、我慢しているけれど、
それでも、もう堪忍袋の緒が切れそうなんだよ
だけど、穂高の写真で一息つけたから、明日からの新しい週は少し気持ちを入れ替え頑張ってみるよ
もう一つ、
これは、とっても重い内容でいくら本を読んでも答えがでるものではないのだけれど、
昨年夏、クモ膜下出血で倒れた知人のお見舞いに出かけたんだよ
夜中にトイレで倒れておられたようだが、朝方ご家族に発見されるまで、かなり時間がたってしまったことが悪かったのか、
クモ膜下出血が起こった場所が悪かったのか、
一命をとりとめられたことをご家族が喜ばれたのも束の間、
その後はかなり厳しい状況におられる
一年たって、両足と片腕はまったく動かすことができず、
ご家族のことは、なんとなく理解されているようだが、という意識状態のようだ
かなり病弱なお子さんを抱えて孤軍奮闘されている、奥さんの日常を思うと、心が痛む
以前から、不治の病への過剰な医療行為に懐疑的で、政策的にピンピンコロリを肯定するかのような作品を描いていた久坂部氏だが、最近では、それに拍車がかかり、予防医学や長寿社会にまで懐疑的になっている様子が伺える。
「祝葬」の主人公である医師は、年老い気力が萎えてなお生き続けることに倦み疲れ、 若くして亡くなった友の「もし、君が僕の葬式に来てくれるようなことになったら、そのときは僕を祝福してくれ」という言葉を事あるごとに思いだす。
そうして物語の最後に、
「人はだれしも、ただ一度だけ、自分の死を死ぬ以外にはない」と自分を納得させるのだ。
こう書くと、希望がまったくないようだけど、
ねぇワンコ
「k2」には、末期がんの治療にQOLの観点から積極的に取り組む人物を描いているんだけれど、
そこで紹介されているネパールの格言も考えさせられるよ
「息ある限り希望がある」
ねぇワンコ
何が正しいかなんて分からないよね
その時々、自分にできることを自分らしく精一杯頑張るしかないよね
その頑張る力を内にためるために、
来月は、ワンコのお山で元気をもらってくるよ ワンコ
ありがとうね ワンコ