何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

一期一会、そして一日一生③

2019-10-26 01:55:55 | ニュース
 
令和元年 10月22日
朝から無情の雨が降りしきるなか、即位礼正殿の儀の日を迎えた。
阪神淡路大震災の被災者で、後に災害があるたびボランティア活動をされている上司の 「今回の被災地も被災者の方々も大変なご苦労をされているが、変わらない日常を淡々と守り続けることは重要なのだ、弱ったところがあれば他のところが尚更元気に頑張らなければならないと」という言葉で思い出した本を読んでいた。

「一日一生」(酒井雄哉)
 
あの、失敗したときに首をくくるための死出紐を肩にかけ自害の短刀をさげて出発するほどの厳しさで知られる「千日回峰行」を二度までも成し遂げられた酒井大阿闍梨のご著書である。
その厳しさ故、達成者は千年以上にも及ぶ延暦寺の歴史のなかでも43人のみだという千日回峰行は、比叡山・無動寺谷の明王堂に九日間籠もり断食・断水・不眠・不臥(体を横たえない)のまま不動真言を10万回唱える「堂入り」が有名だが、これは千日回峰行のうちの九日の行であり、残りはひたすら歩き続ける行で、その距離じつに地球一周分の4万㎞に及ぶという。
毎日毎日ひたすら歩くという行を千日近く続けていると、たとえ歩くことができたとしても惰性に流されそうなものだが、酒井大阿闍梨が達せられたのは、「一日一生」という思いであった。

『一日が一生』と思い、『今日一日全力を尽くして明日を迎えようと思える』ことが重要なのだという。
 
タイトルにもなっている「一日一生」は、「一期一会、そして①」で記した「日々是好日」(森下典子)の一期一会の件にも通ずるものがあると思い再び感銘を受けたのだが、上司の言葉で思い出したのは、歩く行の途中で不調が生じたときの対処の仕方だ。
酒井大阿闍梨は千日回峰行に出立する前に、長い長い時間歩き続けるには『体のいろんな部分を交代で意識しながら歩く』(右が疲れてきたら左足、左が疲れてきたら右足、いよいよ両足がくたびれたら腰、次は首といった具合に意識を交代させ、そこに気持ちを集中して歩く間は、別のところは休ませておく)のが良いというアドバイスを受けたそうだが、酒井大阿闍梨は、それは人生にも通じると語られる。(『 』「一日一生」より)
 
『人生を歩くっていうことも、その原理を応用すればいいんじゃないかな。
 人生って、こっちが疲れたら全部「しんどい」ってことになってしまいがちじゃない。
 考えを辛いことの一点に集中し過ぎちゃうから「こんな苦労はもうしたくない」なんて身を投げちゃうとか。
 じたばたしたって、どうにもならないところをどうにかしようとするから、疲れちゃうんだよ。』
『しんどいところは休ませておいて、違うところに神経を集中させてみる。
 そうして歩けば、案外楽に、結構楽しく生きていけるんじゃないの。』
 
かってに酒井大阿闍梨のお言葉を解釈することは恐れ多いが、自らの経験を踏まえ「御即位にかかわる行事は予定通りに行われるべきだ」と話された上司の言葉から、酒井大阿闍梨の上記の言葉を思い出し、時に激しく雨が降るなかでの儀式を見守っていた。
 
午前中はレンズ越しにも雨風の激しさが伝わってきたが、いよいよ即位礼正殿の儀が始まるという時、画面が明るくなってきた。
そうして、天皇陛下が国内外にご即位を宣明されているとき、薄日が差し込んでいるのがテレビを通しても分かったのだが、この時東京ではまるで奇跡のようなことが起こっていたそうだ。
突如、上空に青空がひろがり、きれいな虹がかかったというのだ、しかも虹は皇居から伸びていたという。
 
所説あるのは承知しているが、虹には「二度と雨による災害を起こさない」という神様の約束の印という言い伝えもある。
もちろん、地球規模の気候変動はますます酷くなっていくので、これからも 残念なことに災害は発生し続けるに違いない。
だが、だからこそ、酒井大阿闍梨や上司の言葉どおり、しんどいところ 大変なところ以外が頑張るということが重要なのではないだろうか。
なにも 『しんどいところを休ませる』ことや、大変なところ以外は日常生活を(淡々と)頑張ることが、しんどいところや大変なところを見て見ぬふりをしたり、まして忘れてしまうことでは決してない。
しんどいところや大変なところにエールを送るためにも、それ以外の場所はあえて日常生活を「一日一生」の思いで頑張るということが、まだまだ災害が続くことが予測される我が国では重要なのではないだろうか。
そのような時代の象徴のように感じながら、奇跡のような即位礼正殿の儀を見守っていた。

美しい虹は、そのような道の先が希望ある未来に続いていくことを約束してくれているように私は感じている。
 

<両陛下、正殿の儀終え感謝 台風被災者の生活再建願う> 10/24(木) 18:04配信より一部引用

宮内庁は24日、天皇、皇后両陛下が22日の「即位礼正殿の儀」を終えられ、「うれしく、安堵され、出席した内外の方に深い感謝を持たれている」と明らかにした。台風19号の被害に対し「被災された方々の生活が1日でも早く元に戻ることができるよう、心から願っている」とする「お気持ち」も改めて発表した。側近の加地正人侍従次長が24日、明らかにした。長女愛子さまは当日、両陛下が正殿の儀や祝宴「饗宴の儀」のため、住まいの赤坂御所と皇居を行き来する際、見送りや出迎えをし、儀式の様子もテレビで見守っていたという。

まだまだつづく、かもしれない

一期一会、そして一日一生②

2019-10-22 11:11:11 | ひとりごと
 
こう書けば、ある種の反発をかうのを覚悟して書くが、両陛下のこれまでの御歩みを思えば、この災害のさなかに儀式を行わなければならなくなったことにどれほど心をいためておられるかと拝察され、お気の毒に思うと同時に、祝賀御列の儀 以外はそのまま行われることに大丈夫なのかという懸念を感じずにはいられなかった。
 
日頃仕事場で皇室のことが話題になることは少ないが、さすがにお代替わりの行事ともなれば老若男女みな関心を持ち、5月1日ご即位の前後から度々その話題で盛り上がってきた。
なかでも、心の中では両陛下(平成の皇太子ご一家)を熱心に応援している人がこれほどまでに多かったのだと知ったことは、当時の命の危険すら感じさせたバッシングに怒り心頭だった私としては、嬉しい驚きでもあった。

そのような流れもあり即位礼正殿の儀が行われることが話題になったのだが、そこに阪神淡路大震災の被災者であり、その後災害の度に被災地に赴きボランティア活動をされている上司がおられたので、皆が言葉に窮していた。
その上司だけは、被災地と被災者が苦しんでいる間の慶事は避けるべきだと言う(表現は適切ではないが)権利があると思ったからだ。

だが、そうではなっかった。
 
あの朝、卒論を書き終わり実家に戻っていた上司は、世界が終わったのだと思ったという。
全壊は免れ当面の雨露はしのげるとしても、到底元通りに住むことはできない自宅から這い出し、地震だったと理解した後も、家々が崩壊し道がゆがみ、助けを求める声がしだいに小さくなり途絶えてしまうのに、救助の手が届いてこないことから、日本中が壊滅的被害を負ったのかもしれない、日本は立ち上がれないほど打ちのめされたのかもしれない、と絶望感で崩れ落ちてしまわれたという。
 
それからしばらくして梅田にでた時の衝撃は忘れられないという。
世界は何もまったく変わっていなかった。
相変わらずそこは、瀟洒な装いに身を包んだ明るく活気に満ちた人々で溢れかえっていたという。
電車でたった30分そこそこの距離しかない所に、天国と地獄がある。
悲しみ悔しさ虚しさの入り混じった どう表現したらいいのか分からない衝撃に打ちのめされた後にじわじわ押し寄せてきたのは、しかし安堵感だったという。
変わらない日常がどこかにある限り、自分たちも立ち上がれるという、不思議な安堵感だったという。
 
だから、今回の被災地も被災者の方々も大変なご苦労をされているが、変わらない日常を淡々と守り続けることは重要なのだ、弱ったところがあれば他のところが尚更元気に頑張らなければならないと話された、その言葉に一同静まり返ってしまった。
 
その言葉に思い出した本がある。
 
それについては又つづく


ワンコが示してくれる愛

2019-10-20 09:51:25 | ひとりごと
またまた時間マジックを使っているけれど、
今日は休日で家族でワンコ聖地にお参りした報告も記そうと思っていたから許してくれるよね
 
私はけっこうお参りしているけれど、
なかなかお参りできない家人も今日は一緒だったから、
ワンコ はしゃいでいたね
石碑に刻まれた「愛」の字の上に、赤とんぼに変装してとまっていただろう
私たちが、こちらをじっとみている赤とんぼはワンコだね と言うなり
私たちの頭の上を二回まわり、もう一度「愛」の字の上から私たちを見つめ、
そうして、私たちが瞬きをした瞬間に、また天上界に遊びにいってしまったんだね
 
みんな気づいているんだけどさ ワンコ
ワンコけっこう こっちに遊びにきてるよね
 
ワンコが天上界の住犬になってしまって3年と9か月
当初は、手に触れるもの目に見えるものしか感じられなかったから、
ワンコがいなくなったとしか思えなかったけれど、
ワンコが、ワンコの日のために本をお告げしてくれるようになった頃から、
ワンコと心の深いところでお話できるようになってきて、
ワンコを強く感じるんだよ 
 
それだけでなく、
今年に入り、帰ってやってもいいよ、とワンコは言ってくれているのに、
いつ何時災害に遭うかわからない状況や、忙しすぎる状況に恐れをなして、
お帰りなさいと、お出迎えできない私を許しおくれよ ワンコ
 
でもさ、そんな私に今のタイミングに合う本をお告げしてくれたね ワンコ
 
「ぼくを見つけてくれた犬たち」(ケン・フォスター著 渋谷礼子・訳)
 
本書は以前、大切な人を応援する流儀を教えてくれた人に紹介してもらって購入していたのだけど、
読めないままになっていたんだよ
それを、ワンコが今月の本として読めと命じてくれたのは、
訳者の礼子氏が、22日 即位礼正殿の儀に望まれる皇后陛下の妹様だからでもあるんだろうけれど、
読んでいる最中に、
台風19号が被害をもたらしたので、驚いているんだよ
だって、本書の後半はハリケーンに見舞われ わんこと避難するお話なのだから
 
本書はね、9・11、ハリケーン、不届きな飼い主、様々な理由で人からはぐれてしまった犬を救う物語なのだけど、
タイトルが示している通り、
人が犬を見つけてやって救ってやる、というのではないんだな
 
これは、愛をもってわんこと暮らした人なら誰でも知っていることだけど、
人がわんこを選んでやって養ってやるのではなく、
わんこが こちらを見定め、思いっきり愛してくれ、
その大きな愛に、私たちはほんの少しお礼をさせてもらってるんだな
 
そんな犬への愛がそこかしこに感じられる本書だけれど、
''今'' 本書で記録しておくべきところを選ぶとすれば、
やはり、わんこと暮らす人が緊急時に備えておくべきものの章だと思うんだな
 
<予期できないことに備えるには 最悪の事態はいつかやってくる(人間の避難にも応用できるよ)>
1、必要なものリストを作っておく
  大事な電話番号、処方された薬、水とエサとボウル、犬のリード
2、住んでいるところの避難計画を知っておく
  犬も一緒に避難できるのか、それとも犬と一緒に(家に)残るのか、
  犬を置いていくしか選択肢がないのか事前に調べておく
3、いざという時に助けてくれそうな人はいるのか、それは誰か?
4、犬一匹に一つのクレートを用意しておく(たとえ普段使わないとしても)
5、病気の記録はコピーしてとっておく
6、犬に必要なものはすべてちゃんと持っていくこと
  (犬の名札、鑑札番号、飼い主の名前は必ず首輪につけておく)
 
いざという時の準備を、これだけ教えてもらっても、勇気がでないし、
ワンコだと確信できないかぎり、ちがう仔では無理なんだな
だから、ワンコ自身が実力行使する気になるまでは、
こうしてお告げの本で色々教えておくれよ ワンコ
 
ところで、長く私が皇太子ご一家を応援してきたことは知っているだろう
平成の皇太子ご夫妻は 22日即位礼正殿の儀で国内外にご即位を宣明されるんだよ
 
赤坂御用地に迷い込んだ犬が産んだわんこや 保護施設から引き取ったわんこを家族として愛してこられた皇太子ご一家
初等科卒業文集で、殺処分のない世の中を願っていると書かれた敬宮さま
災害のたび被災地をお見舞いされ、阪神淡路大震災15年の式典では、涙をこらえておられた雅子妃殿下
男児の命だけが尊重される世界で、命を選別せず、両性をともに尊重し、
女児の我が子を「生まれてきてくれてありがとう」と慈しまれる皇太子ご夫妻
 
命の重みも、尊さも、
突然の災害に襲われた人々の苦しみや悲しみも
そして、長く患う辛さも
よく御存じの両陛下がまさに象徴となられたことを宣明する時に、災害が起こっている
 
どれほど胸を痛めておられることかと拝察するけれど、
それこそが来るべき時代のあるべき象徴像なのかもしれないと思ったときに、思い出した本があるんだよ
 
それについては又つづくとするね ワンコ

一期一会、そして①

2019-10-19 22:10:39 | ニュース
また一つ被災地と呼ばれる場所ができてしまった。

被災地へのお見舞いの気持ちも認めたかったのだが、このところ又 猛烈に忙しいのに、何の因果か陰謀か10月1日家の共有パソコンまで壊れてしまったため(もともとmyパソコンはダウン寸前の微妙な状態)、1日以降なかなかブログを見ることも書くこともしづらい状況だった。

この間に日本を襲った台風19号は、被災地域が広範にわたり被害が甚大であるため、台風に名前を付ける基準「損壊家屋千棟以上、浸水家屋1万棟以上、相当の人的被害」にあたり、もし命名されれば42年ぶりのことだという。

台風というと、二百十日といわれるように八月下旬から九月はじめのものだったが、温暖化の影響か昨今では春先から晩秋まで本州に近づき被害をもたらすものがある。
また昨年の平成30年7月豪雨は、台風ではないが、今回よりも甚大な被害をだしている(平成30年7月豪雨の被害状況 死者263人、行方不明者8人、負傷者484人、家屋被害 全壊6783棟、半壊1346棟、床上浸水6982棟、床下浸水2万1637棟)。

地球規模の地殻変動や気候変動のただなかを生きているので、いつどこが被災地になるのか分からない恐怖を感じた時、思い出した本の一節がある。

「日日是好日」(森下典子) (『 』「日日是好日」より)
『人生に起こるできごとは、いつでも「突然」だった。昔も今も・・・・・。
もしも、前もってわかっていたとしても、人は、本当にそうなるまで、何も心の準備なんかできないのだ。結局は、初めての感情に触れてうろたえ、悲しむことしかできない。そして、そうなって初めて、自分が失ったものは何だったのかに気づくのだ。
でも、いったい、他のどんな生き方ができるだろう?いつだって、本当にそうなるまで、心の準備なんかできず、そして、あとは時間をかけて少しずつ、その悲しみに慣れていくしかない人間に・・・・・。
だからこそ、私は強く思う。
会いたいと思ったら、会わなければいけない。好きな人がいたら、好きだと言わなければいけない。花が咲いたら、祝おう。恋をしたら、溺れよう。嬉しかったら、分かち合おう。
幸せな時は、その幸せを抱きしめて、百パーセントかみしめる。それがたぶん、人間にできる、あらんかぎりのことなのだ。
だから、だいじな人に会えたら、共に食べ、共に生き、だんらんをかみしめる。
一期一会とは、そういうことなんだ・・・・・。』

本書は折々に私を助けてくれるのだが、昨年思いがけない訃報に驚愕したとき、ワンコがこの本のこのページを読めとお告げしてくれた時ほど心に響いた時はない。

たった数時間の大雨で家が流されてしまうことも、職場に突然火が放たれることも、地震で一瞬にしてすべてを失ってしまうことも、もう何でもアリの世の中だ。
そして、ある日突然病に倒れ、帰らぬ人となることも・・・
だからこそ、悔いないように一瞬一瞬を大切に生きなければならないと肝に銘じたのは、おそらく年齢のせいでもあるが、それを また再確認しなければならないような災害に、心がつぶれるような思いがする。

そのようななか、即位礼正殿の儀が行われる。

それについては、又つづく


響けチェロのつぶやき遠吠え

2019-10-08 18:55:55 | ひとりごと
週末まとめて新聞を読んでいた。
 
あの時の喪失感が胸に押し寄せてき、大切な人がこれから色のない季節を過ごされることを思い、ぼんやりと一週間分の新聞を眺めていた。
 
そこに、ふと目にとまった「折々のことば」(鷲田清一)
『そしてナチスが私を連行したとき、それに抗議する人はどこにもいなかった』(『 』「折々のことば」より引用)
 
これは、ドイツ人牧師マルティン・ニーメラーの言葉に由来するもので、平和を希がう人々の間に詩の形で広がったものである。
私がこの詩を知ったのは、数年前にクリスチャンの上司から聞いたのが最初だったが、上司は明確に世の流れに危機感を持っておられた。
あれから数年、自分自身すっかり茹でガエルになってしまったのかもしれない。
忙しさにかまけて、何かを言葉にするどころか、何かを考えることすら拒否してきたような気がする。
そんな諦めにより思考停止してしまった頭に、チェロの音色は大切なものだった。
時に怒りに震え、時に諦観と哀愁を帯びたその音色は、しかしいつも優しくユーモアーに富んだものだった。
 
上から下までありとあらゆることが、おかしくなっているのに、おかしいものをおかしいと呟き吠えると、どこからか看守がやってくる。
災害からの復興どころか復旧すらままならないのに、それを呟き吠えることに、ためらいを覚えなければならない空気が、たしかにある。
 
そんな おかしさを見て見ぬふりをしていることに気づかせてくれるチェロの響き。
その第二楽章が、10月5日の朝、静かに終わった。
 
その知らせに呆然としているとき、マルティン・ニーメラの言葉が、目に留まったのだ。
 
この詩は、マルティン・ニーメラの言葉に由来するものなので、解釈も訳も幾通りもあるようだが、ここには上司から聞いたものを記しておきたい。
 
『彼らが共産主義を攻撃したとき、私は声をあげなかった。
 なぜなら私は、共産主義者ではなかったから。
 彼らが社会主義を攻撃したとき、私は声をあげなかった。
 なぜなら私は、社会主義者ではなかったから。
 それから、労働党員が、学校が、新聞が、ユダヤ人が、次々攻撃を受けたが、
 私は、そのどれでもなかったため、声をあげなかった。
 そして、遂に彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる人は誰も残っていなかった』
 
チェロの響き第二楽章の終わりを知った日、この記事を読んだのは、チェロちゃんからのメッセージなのだと思う。
 
「しっかり目をあけ世の中を見なさい、おかしなことから目を背けず、義なる道と人を応援しなさい」
 
そうチェロちゃんは、虹の橋を渡りながら、ワンコを通じてメッセージを送ってくれたのだと信じている。
 
そうして、天上界散歩がひと段落したら、必ず第三楽章が高らかに奏でられると信じている。
主峰穂高を守るジャンダルム
何が大切かを見極める力と、大切なものを守る力を与えておくれ
チェロちゃん ワンコ
 
 
 
 
ワンコへ
今日ワンコ聖地へお参りして、しかと頼んだから分かっていると思うけど、
天上界にいる間は、しっかりお父さんをお守りするよう、チェロちゃんに伝えてね
そして、お父さんの代演のため、天からつぶやき遠吠えを送るよう、チェロちゃんに伝えてね
でも、これからこちらは、味覚の秋芸術の秋で天上界に負けないくらいいい時期なので、
仲良く一緒に戻っておいでね
頼んだよ ワンコ