コロナ禍で、人との関りを見直さなければならなかった夏。
だからこそ、それでも会いたい人、繋がっていたい人を、改めて考えさせられた。
このクッキーを送ってくれた友人も、そんな大切な人々のうちの一人だ。
『たとえ会えなくても、自分にとって大切な人間と見えない糸で繋がっていると思えたら、
それだけで幸せだって。その糸がどんなに長くても希望を持てるって。
だから死ぬまで、その糸は離さない』(『 』「希望の糸」(東野圭吾)より)
「希望の糸」(東野圭吾)はワンコお告げの本というわけではなかったけれど、本書の殺人事件の被害者が「巡り合い」という言葉を大切にしていたことや、タイトルに「糸」の文字があったことから、「糸」(中島みゆき)を思い出した。
弱ったり怒りに満ちたストレスを感じると、一人でハンドルを握り、ボリュウームを大にして中島みゆきを がなるのが常なのだが、「糸」は知らなかった。
君が、私の横に来て、「糸」を口ずさみ、わざわざ「仕合せ」の文字を書いてくれたのは、いよいよワンコが天上界に行ってしまう覚悟を決めねばならなくなり、弱り切っていた時だった。
ワンコを失うのではなく、我が家に「合う」ワンコと出逢えたことの「仕合せ」に気づかせてくれた、君と「糸」。
♪縦の糸はあなた
横の糸は私
逢うべき糸に
出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます♪
(♪糸 中島みゆき♪より)
鬱々とすることも多い夏だったが、気持ちが折れそうになる寸前で、いつも現れた救いの手。
多くの縦の糸に支えられていることを感じる夏でもあったが、誰かにとって、その巡り合いを「仕合せ」と思ってもらえる横の糸にならねばならないと反省する夏でもあった。
ところで、本書を読んでいると「糸」を思い出したのは偶然ではないように思う。
作者は、かなり「糸」を意図して本書を書いたのではないかと、思うのだが、本書から「糸」を思い出し久しぶりに聞くことができたのは、「仕合せ」なことだった。