きたやまおさむさんとよしもとばななさんの、
『幻滅と別れ話だけでは終わらないライフストーリーの紡ぎ方』
ブログ巡りで出会った本である。
著者のきたやまおさむさんって、
私が知ってるお医者さんでミュージシャンだった北山修さん?
「ザ・フォーク・クルセダーズ」というグループが、
『帰ってきた酔っ払い』を歌っていたけど、
そこにいた人?
きたやまおさむさんには、
いくつか名前があって、
ザ・フォーク・クルセダーズの北山修さんと同一人物だった。
現在73歳だそうで、
2010年3月に、
1991年から勤務されてた九州大学を定年退職されたそうだ。
専門は精神分析とのこと。
ずっと昔(1965年)の、
「帰ってきた酔っ払い」の歌は楽しかったな~
55年も前のこと!
♪
おらは死んじまっただ~
おらは死んじまっただ~
天国へいっただ
~~~略~~~
天国良いとこ一度はおいで
酒はうまいし、ねえちゃんはきれいだ・・・
こんな歌を彼は医学生時代に歌っていた。
かたや、
よしもとばななさんは1964年の生まれの55歳。
ばななさんの本は全く読んでないけれど、
父親の吉本隆明さんの本は高校生のころ読んでいる。
(読んだというだけで理解したわけではない)
この本は、
まずきたやまさんの講義があり、
そのあと、
ばななさんとの対話が始まるという形式である。
抽象的なので具体的に。
総論的なので各論的に。
どういうところ?どういう時?
〇〇って、どういう意味?
おお~なかなか本質ついてきますね。
秘儀ってなによ。
どっちが中途開眼したのか知らないけれど。
どうですかね。そうですかね。
なるほど、なるほど、わかってきた。
ねっ、やっぱりそうじゃん。
教えて、教えて、面白い、面白い。
上記のように、きたやまさんが、
ばななさんに聞いたり相槌をうたれるのだが、
話の中で、
私の子供のころの最大ヒーローだった月光仮面まで登場する(笑)
(10歳にもならない頃見たんだから強烈な印象を受けた)
また、
喜多川歌麿・鈴木春信・葛飾北斎らの絵が取り上げられ、
日本人の特性について、
古事記まで引き合いに出されている。
ばななさんの少し混沌としているような話を暖かくほぐしながら、
対話をしていく精神科医のきたやまさん。
だが、
面白く読めても、
<幻滅と別れ話だけでは終わらないライフストーリーの紡ぎ方>とは、
いったいどういうものなんだろうかと説明しようにも、
できない。
ライフストーリーの紡ぎ方なんて皆違うんだし、
普通がいいかと言うとそうでもなく、
普通の人になっちゃうといけなくて(笑)
(普通の学校でなく、いい学校へとかいわれたりして)
でも精神科医は普通の人が向いていると言われる。
いいと悪いとの真ん中にある普通。
普通って何さ(笑)
ちょうど真ん中にはなくてあちこち動いていくのだから、
もう説明不能。
ふたりの対話もわかりあえるところと、
理解不能なところが生じる。
きたやまさんが対談最後に、
ばななさんに言う、
「やはり千回くらい会わなきゃだめだったね」
人生って、
そんなに一統にはいかないんだものね。
人って、
そんなに簡単にはわかりあえないんだものね。
ちょっと心の琴線がふるえただけで、
わかったつもりになったり。
♥
たくさんの歌を作詞したきたやまさんには、
『風』という歌もあって、
青春時代に私はよく口ずさんでいた♪
人は誰もただ一人 旅に出て
人は誰もふるさとを振り返る
ちょっぴりさみしくて 振り返っても
そこにはただ風が吹いてるだけ
人は誰も人生につまづいて
人は誰も夢破れ振り返る
♪♪♪
何だか、
少し年上のお兄様と懐かしい再会をしたような本だった。
(実兄より年上)
どさんこじーじさん、
本の紹介有難うございました。