現在病んでおられようが認知症であろうが、
私は高齢者を尊敬する。
人を大きく傷つけた人は論外なんだけれど、
たとえイジワル婆さんだと言われる人にも尊敬の念を持つ。
あの戦時を乗り越え、
今では考えられないほどの家事の多難さや仕事の大変さ。
何よりも価値観などの激変の中、
沢山の試練を乗り越え、
家庭や地域や社会の中で生き抜いてこられたんだもの。
おかげで私たち終戦後っ子は、
そういう方々のおかげに、
有り余るほどの恩恵を受けたのではないかな。
私など今、
暖房機があっても、
ああだこうだと言っている冬なのに、
高齢者の方々は、
ビニール手袋もない素手で洗濯をし、
薪でお風呂を沸かし炭のこたつで暮らした。
車など当然なく、
2里も3里も歩いたというような話も聞く。
スニーカーなんて良い靴もなくて、
歩きにくかっただろうに。
(私は月星マークの運動靴から始まった)
便利な製品や機械もない中で、
不便や困難に負けずに生き抜いてこられたのだから、
本当に頭が下がる。
そういう高齢者の方々が病んだり、
病気ゆえのおかしな言動をしたりしても、
恩を受けた我々は、
温かく支えてあげるのが当然なことではないかな。
病気でそうなってしまったんだから、
それによって、
これまでの業績が消えることはない。
けれど、
介護者の気持ちもよくわかる。
私もわずかな介護期間だったけれど、
自分のほうが先に倒れそうになったし、
認知症のような症状時には、
あることないこと、
悪者にされちゃうんだし、
こちらの精神が破綻してしまいそうになるくらい大変だったもの。
介護はきれいごとなど言えないほど過酷だものね。
でもである。
身近な方がそうなったら、
そして病んでしまったら、
温かく接してと願わずにはいられない。
これまでのご恩を考えれば当然のことではないかな。
寒風の中でも咲き続けるスミレ。
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