私は「楽しい音」を求めてオーディオをやってきましたが
楽しい音楽を奏でるには、良い音が必要なのです
「良い音」とは、私なりにだいたい正体が掴めています
良い悪いとは、人の感性で感じる、人間の感情ですよね
決まった規格や定義ではありません、強いて言えば「倫理道徳」の定義でしょうか?
気持ちが良い、ワクワクする、ドキドキする、等々と同じで
「良い音」もひとつの感情表現だと思います
その音で音楽を聴いたところ「心の琴線に触れ」気持ちが揺れ
「喜びを感じた」「切なさを感じた」「歓喜に湧いた」等々の
心が動き「感動」が得られた音、それが
「良い音」の正体だと私は思っています
そう書くと、当然反論は
それは「良い音」の定義ではなく、「個人の好み」の好き嫌いだ、と吐き捨てられそうですが
誰もが嫌う「音が悪い一定の基準」はあると思いますが、
その基準外であれば、ある意味個人の定義に頼るのは仕方が無いと思います
五感を使った感性の感覚は「経験値によって違います」から
料理で例えれば
私が出汁を引いて手間暇かけたみそ汁は、感動的においしいときがあります
でも、インスタントの味噌汁しか飲まない人に
「今朝の味噌汁は感動的においしかった」と言ってもなかなか通じないです
味噌汁は所詮味噌汁の味でしかない、いつも同じ味、
と言われればそれまで
残念ながら乏しい経験であったり、五感を常に研ぎすませていないと
素晴らしいモノでも、感動を感じず、見過ごすことになります
良い音での感動の経験値が低く、研ぎ澄まされた感性も持ち合わせておらない
良い音で感動した経験が乏しい方は残念ながら
感動を感じる音とは関係ない「特性でその良さを測るしかありません」
周波数特性がどうの、過渡特性が良いの、歪率が少ないのが良い、ノイズが少ないのが良い、チャンネルセパレーションが良いのがいいの
挙句の果てに「良い音とは高音質」だ、高忠実度だのと
それこそ良い音と的外れの、馬鹿らしい定義です
工業製品ですから製作者側には規格も有り、一定の基準は必要になるとおもいますが
それは、メーカーの問題であり、ユーザーの選ぶ基準とは関係無いと思います
失礼ながら
化学調味料で洗脳されて繊細な味わいが分からない、味バカ
特性の良さが高音質と勘違いしそれが良い音だと云う、音バカ
どちらもよく似ている者同士だと思う
音も、味も、味わう事が大切だとおもいます
一瞬の濃さやインパクトでは無く
食べ終わった、聴き終わった、後の味わいの感動も大切
良い音で音楽を聴いて
「琴線にふれ感動」し、音楽に浸ったそんな経験が大切だと思います
経験が無いから、様々な特性に頼るのもわかりますが
そんなものは音楽の感動とは何の関係もないことだと思っています
味も音も繊細です、うっかりすると感動的な味や音を見過ごすことにもなります
疑念や偏見をもって聴と「心の琴線に触れて」感動するのはなかなか難しいのかもしれません
生演奏でも、レコードでも、CDでもラジオでも、聴いて感動したなら
何が自分の心の琴線に触れたのか考えてみると
自分の楽しめるオーディオ再生の近道になるかもしれませんね
音を楽しむと書いて、音楽
楽しみましょう