昨日は全退教(全日本退職教職員連絡協議会)・第15回・関東甲ブロック学習交流東京集会に参加した方々34人を靖国神社・遊就館のガイドをしました。(画像は遊就館の前で)
靖国神社に来る前は都立青山霊園内にある竹橋事件で死刑になった兵士の墓を見学した後、しょうけい館も見学しました。青山霊園には著名人の墓も沢山ありますが、靖国神社境内にある「常陸丸殉難記念碑」に関連する「常陸丸殉難近衛後備隊将士之墓」(画像)もあります。
墓誌によると「明治37年日露戦争が勃発し、同年6月14日、後備近衛歩兵第1聯隊は第10師団糧食縦列(注:補給部隊と思います)と共に常陸丸に乗船した。翌15日、沖の島付近で突如敵艦3隻が現れ猛攻撃を加えてきた。須知連隊長は自決し、大隊長山縣少佐以下一千有余名が玄界灘の波間に没した。明治37年10月30日、殉難者墓碑を建設し、近衛隊の英霊635柱の遺骨、遺髪、遺品、写真などを納め、神式および佛式で盛大な慰霊祭が執り行われた。」とあります。
昭和61年6月15日に常陸丸遺族会と全国近歩一会が建立したものです。石碑の前の鳥居は靖国神社と同じ神明造り鳥居です。また鳥居の両隣に見える赤い記章は「歩兵連隊第一大隊旗」の記章です。