平山知子著「若きちひろへの旅」で、中国東北地方を訪ねる「若きちひろの旅」を(株)富士国際旅行社が企画しています。それに因んで画像ファイルからblog記事をエントリーします。
2003年9月11日に平山知子著「若きちひろへの旅」出版記念会が、日本中国友好協会東京都連新宿支部主催で開かれました。
「9 , 18抑衆湖事件」72 周年記念講演
いわさきちひろとその母
~「若きちひろへの族」取材ノート~ お話:平山知子さん ~
いわききちひろは なるほど 天才画家であった
でも あのやさしい絵は どこから来たのだろう
それは ちひろの数奇な人生の激動とかかわつていた
ちひろの絵を見て その人柄を想像する人は
その意外な背景を知り 驚くにちがいない
そして理解する…
こういう人生だったから ちひろは絵を描けたんだと…
こういう時代に遭遇しなかったら
こういう風な絵は描かれて残らなかったかもしれない…と
ちひろは敗戦前年に中国・勃利に行く、それは、青年団の結婚相談所長として大陸の花嫁を送り出していた母・ 文江の仕事と無関係ではなかった。そして「満州」勃利でのちひろの体験・・・。
「若きちひろへの旅」著者平山知子さんが、ちひろの家族との親交そして取材を通じて知り得たちひろの人生と真実を余すことなく語ります。
【写真】は富士国際旅行社主催の「ちひろに出遭う安曇野の旅」で松本市内の城山公園からちひろの実家を説明する著者
会場となる日本青年館は、「元大日本青少年団の結婚相談所」があったところです。(現在は新国立競技場建設の為に解体され、移転しました。)
都民中央法律事務所(現在はあかしあ法律事務所所長)弁護士平山知子さん
いわさきちひろの長男松本猛さん
日本青年館管理課長(事前打ち合わせの時に、屋上から明治神宮、日本青年館、皇居宮中三殿は一直線になっていると説明してくれました。)
看板は管理人が、作図ソフト「花子」で作成しました。
主催者を代表して挨拶をする管理人
同年5月30日富士国際旅行社主催「ちひろに出逢う安曇野の旅」の「ちひろ美術館安曇野」前で
中国ダークツアーの企画案を富士国際旅行社社長太田正一氏に提案
(続く)