
モーツァルト「レクイエム」に190名を超すコーラスで臨む、というのは些か時代錯誤と思われても仕方ない。
わたし自身、かつてクラシカル・ピッチによるピリオド楽器によるオーケストラと中編成のコーラスを指揮したことがあり、それはそれで美しいモーツァルトであった。
しかし、今回は批判を承知で、わたしを育ててくれたベーム、ワルターのスタイルを踏襲し、大編成のオーケストラ&コーラスで臨むこととしたのである。蓋を開けてみたら、想定よりかなり大きくなってしまったのだが・・。
東京、厚木、長岡、名古屋、大阪、仙台の各練習会がひとつになったのは、本番前日。それでも寄せ集め感が微塵も生まれなかったのは吉としたい。
団員各位には精神的にも、技術的にも、もっともっと上を目指して欲しいが、各レッスン会場ともに、それぞれの課題に取り組み、本番では最善の姿を見せてくれたことは評価できるだろう。お疲れ様、そして、おめでとうと言いたい。
文句なしに素晴らしかったのは、4人のソリスト陣、即ち、平井香織さん、山下牧子さん、菅野敦さん、青山貴さんである。ステージ上の並びが、下手(向かって左)よりテノール、ソプラノ、アルト、バスと変則的なのは、ベーム&ウィーン響がピアリステン教会で行った映像作品に倣ってのこと。この並びだと、レコルダーレのアンサンブルが引き立つのである。
どの場面も素敵だったが、殊に上記レコルダーレのカルテットでは、もはや我々の魂はオペラシティにはなく、別の聖なる空間へと離脱していた。ゲネプロでは、余りの美しさに「これが終わったら帰ってもいい」と指揮台から冗談を言ったものだが、幾ばくかの本気も混ざっている。それほどに魅了された。しかし、本番の高貴さはそれを遥かに超えた。さらに、ベネディクトゥスに於ける高揚感は天にも昇るほどで、天国のジュスマイヤーも「自分の書いた音楽がこんなに美しかったのか!」と驚いたに違いない。

いよいよ、ウィーン公演である。オーケストラもソリスト陣も、モーツァルトを知り尽くしたスペシャリスト達。何も心配することはない。
シュテファン大聖堂という聖なる空間で、どんな奇跡が生まれるのか、今からワクワクする気持ちを抑えきれないでいる。