床屋に連れてってくれって
父が言うので
近くに出来たばかりの床屋に連れて行った
霧雨がくぼんだアスファルトをしめらせて
ガラスの扉の向こうに急がせるが
右半身が固まったままの父は
右の手を石の形にしながら
時間のくぼみに落ち込まないように
トウシューズの先で半円を規則正しく描くように
歩いていた
そこの時間が止まったままの自分は
右腕に手を添え
年老いた踊り子の動きの軸を探していた
ガラスの扉の向こうには回転椅子があった
年老いた踊り子は一回り鏡に向かってまわっていった
みじかくしてくれんね
わかりました しゃんぷうはどうされますか
よろしくおねがいしますたい
鏡の向こうの真顔の父と背中を向けた父の全体像がスキャンされたように
床屋さんが話しはじめた
おきゃくさん どこかお体悪くされたのですか
右側がうごかんですたい
のうこうそく いや のういっけつ いや のうけっせん いや のうまくさらまんだ・・・
ああ 脳梗塞ですか
たぶん そうですたい のうがにつまっとるですかなあ
床屋さんが梳り髪をきりはじめた
かりあがる かみはすくないのにかりあがる
がらすの扉の向こうからくの字に曲げたお能のワキのように老婆がやってきて
自分の横に座った
いま何時ですかあ 私ははくないしょうで目があんまり見えんとですと
いま10時くらいです
じゃあ 12時の整骨院に間に合いますな かみばあらってもろうていこうとおもうてますのん
自分であらうのがてがあがりにくうて おっくうで
老婆は赤く染めたかみを短くかりあげていた
角等どこかでつるりとおとしてしまった赤鬼のようにめをくりくりさせて笑った