明鏡   

鏡のごとく

『重力』

2012-06-02 01:14:36 | 小説
 
『重力』

 コンクリートが乾くまでにはあと少しのところだった。

 善吉は、動かない左の方の手と足をひきずりながら、まだ型枠の木が取り外されていないコンクリの生乾きの壁を食い入るように見ていた。


 隣のものめが、わしに断りもなく勝手に壁を作りおって。
 わしの汗水たらして稼いで手に入れた土地を横取りするとは許さん。

 小さなショベルカーが、うなだれて自分で掘った穴を覗き込むように置かれている。

 壁は脆い土塊の基礎を強化する為に作らせていたものだったが、善吉の土地にわずかながらもはみ出した形で作られていることに、心底、憤慨していたのだった。日本の領土竹島を、どさくさにまぎれて我がもののように宣伝する隣りの国のように、憎しみがこみ上げてくるのであった。


 あいつらは、戦争が終わってからも、そうだった。
 被害者だと言いながら、同胞を日本の国の中心に食い込ませ、横浜の銀行経由で日本の金をつぎ込んで、戦争のどさくさにまぎれてぶんどって、いまだにそれをやっていやがる。
 お前らの好き勝手にはさせん。必ず、この敵はとる。


 善吉は、見えない鬼の首を仰ぎ見るようににらみ続けた。


 どんなに訴えかけても警察は助けてはくれん。わしの知り合いに聞いたが警察でパチンコ屋の組合に天下るものの中には多く同胞がまぎれており、もちつもたれつの関係だと。テレビでは、毎日おパチンコの宣伝をしよる。
 何もマカオのまねをするまでもなく、パチンコのギャンブルの方が日常に組み込まれているので、よほど恐ろしいわ。
 お笑い企業と手を組んだり、通信会社と手を組んだり、そうさな、原発電力会社にも顏の効く財務省かどっかの馬鹿親の娘もいたっけな。
 芸能、漫画まで巻き込んで、その生活保護やら借金やらをしながらで金を使いにやってくるものと勝手に輪を作って、遊んでいやがる。
 その輪には入らないものには、絶対に見えない金になる話。
 もとをたつなら、そいつからだ。
 首をおさめ穴を埋めるまでにやらないといけないことはたくさんあるがな。
 人間が作ったものだから、出来ないことはない。
 どのみち、その輪を断ち切らなきゃこの国はだめになる。
 見えない世界中の原発からもれいずるものの影響は人間が存在する限り未来永劫続くものだから、いくらでもしても無駄だ。
 この目の前の壁だって、チェルノブイリの石棺みたいにじわじわと崩壊してくる、いずれ。
 廃棄された核燃料だって、同じだ。
 それは人間が生きている限り、残り続けるだろう。
 例えば、宇宙にロケットを飛ばす試みの一環でその使用済み核燃料をどこか遠くに飛ばせいいなんて云い出すものもいるだろうが(出来るならば、太陽に飛ばすのが溶けてなくなりいいだろう)まだ、今の段階では人類はできていない。
 それまで、人類や生物が持つかどうかだ。
 そのずっと前に、わしはくたばり、この壁の下の穴に埋められかねないがね。


 じいちゃん、なにしとると。


 息子が、わしを呼んでいる。
 壁の向こうで。
 手をクレーンみたいにブルブル震わせて。
 あいつは、病院の壁の向こうで死を待っている。
 わしは壁を見ながら、死ぬまで待っている。
 輪を断ち切るということは、重力から解放されること。
 見えない重力は暗黒物質の中で惰性の楕円を描いているが、その輪を断ち切るには、暗黒物質をもっと見続けないといけない。