いもさんたち(前篇)

 時々、野菜に虫がくっついてくることがある。小松菜だったり、ブロッコリーだったり、トマトだったり、ガーベラの花についていたこともある。これらの幼虫を、はじめはこわいもの見たさというような気持ちから、飼い始めた。私は以前からイモムシの類は大の苦手で、毛虫が這うところを見るだけで鳥肌が立ち、冷や汗が出たものだった。ところが、毎日新鮮な野菜を与えて見ていると、なかなかかわいいところがある。それは極端に短い肢だ。まるっこい両前足で葉っぱをはさんで、シャリシャリ食べるところがかわいい。
 名前はいつも「いもさん」である。初代いもさんは勝手がわからないから、いろいろ苦労することもあった。いもさんは薄緑色の幼虫で、ついていた野菜などを手がかりにネットで調べると、オオタバコガという蛾の幼虫であることがわかった。
 イチゴなどが入っている透明のプラスチックケースの中で育てていたのだが、いつも元気に野菜を食べていたいもさんが、ある日そわそわし始めた。ケースの底の方でもじもじしている。どうしたのだろうと再びネットで調べた。そこではじめて知ったのだが、この種類の蛾は蛹になるとき、土の中にもぐるのだそうだ。蛾と蝶は似ているので、私は蛾も壁などに糸をかけて蛹になるものだと、それまで勝手に思いこんでいた。
 いもさんは土を欲していたのである。当時はマンション暮らしで家に土がなかったから、私は慌ててもぐりやすいような柔らかい土を買いに行った。蛹になるのに間に合うだろうか、時期を失ってしまったらどうしよう。
 買ってきた土を適度な深さに入れていもさんを放すと、そうそう、これだよこれ、というようにすぐにもぐっていった。ちゃんと羽化できるだろうかと心配しながら、いもさんが見違える姿となって出てくるのを毎日待った。
 二週間ほど経っただろうか。部屋のカーテンに、茶色い蛾が止まっていた。いもさんだ。それは珍しくもなんともない地味な蛾であったが、私はそれなりに感動した。そして、蛾になったいもさんを外に放した。いもさんは、空の遠くへ飛んでいった。
 野菜についてくるのであるから、害虫である。外に放したと言えば、農業にたずさわる人は嫌な顔をするかもしれない。が、とにかく放した。
 これで要領を得たわけだが、二代目いもさんはアクシデントがあって、可哀相な結果になってしまった。蛹になる前に、なぜかは忘れたけど負傷してしまったのだ。土にもぐっていったが、大怪我に見えた。羽化する頃になっても出てくる様子はないし、やっぱり無理だったかとあきらめていたのだが、だいぶ経ってから、カーテンのひだの間で死んでいる蛾を発見した。いつのまにか羽化していたのだ。もっとしっかり見てあげればよかった。とても可哀相なことをした。
 三代目以降はスムーズにいった。ほとんどがオオタバコガの幼虫であったが、一度、小松菜に黒っぽい幼虫が二匹もついてきた。調べると、ヨトウガという蛾の幼虫らしい。オオタバコガもヨトウガも野菜を食べる害虫であるので、ネットの検索に出てくるのはほとんどが害虫対策のサイトであるが、なかには同じように野菜についてきた幼虫を育てた観察日記などがあり、立派な飼育箱を作っている人もいて、なかなか興味深い。
 スレンダーできれいな薄緑色のオオタバコガに比べ、ふと短く色もグロテスクなので、グロちゃん一号、二号と名づけた。このグロちゃんたちも、空へ飛び立っていった。
 家に来た何匹かの幼虫の中で、一番思い出深いのが、ピッコリーモちゃんである。(つづく)
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