山桜

 実家の庭の山桜が切られることになった。家の庭木としては大きくなりすぎてしまったのである。
 毎年、めぐる季節を知らせるように花を咲かせてきた山桜がなくなってしまうのは、少し残念であるけれど、力強い根が家屋を傾けてしまうようなことになっては困るので、仕方がない。母は、花と一緒に茶色い若葉が出てくるその色が嫌いだというけれど、私は、山桜が好きだ。
 子供の頃は、初夏の暑い日差しをさえぎる葉陰に小さな滑り台を置いて、友達と遊んだ。夏になると、幹にとまるあぶらぜみを捕まえる。気づかれないよう、昆虫網をそうっと構えて近づくと、それまで大きな声で鳴いていた蝉が、気配を感じて、鳴くのをやめてしまった。どきどきしながら、ぱっと網を繰り出して地面に伏せると、中で蝉が、羽を震わせとび跳ねるように暴れている。
 ある年は毛虫が大発生して、山桜の葉をあらかた食べてしまった。その毛虫たちが、次のえさを求めて、ぞろぞろと行列を作って幹を下りてきたのが気持ち悪くて、冷や汗がたくさん出た。その年、毛虫に葉を食い尽くされたのを、冬の落葉だと思い違えたのか、山桜は二度花を咲かせた。
 植木屋が入って、山桜の木は、大きな切り株になった。大人になってからはあまり木に近づいてよく見ることはなかったのだけど、いつのまにか幹の直径は、私の想い出の記憶より、2倍も3倍も大きくなっていた。
 玄関には、花をいっぱいにつけた幾本の枝が、水に挿してあった。この春は、これまでにないほどたくさんの花を咲かせたのだと母が言った。
 家の庭ではなく、どこかの山の奥に根付いていたならば、周りの木々を凌駕しながら、見事な大木になっていたかもしれない。そんな仕方のないことを考えながら、いつの日か、切り株の脇からまた新しい若芽を伸ばすであろう山桜の生命力を期待している。
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