アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

東海道線貨物機の変遷~EF65一般型

2020-09-17 19:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

日頃線路端に立ち、貨物列車を中心に機関車運用に気をかけていると、来春のダイヤ改正を前にして細かな動きがあり、いつになく変化が早い時期から発生しているように思う。ということは、現状を準備段階として次期ダイヤ改正では、大きな動きがあると予想できる。

お気づきのように、ここのところEF210の新車が毎月のように出場し、早速戦列に加わっていることが解るのだが、これを意味することは、老朽化した機関車の置き換えに他ならない。現在の増備車は、EF210の300番台という、瀬野八補機に従事するタイプの機関車だが、今では運用の共通化、効率化が図られ、この300番台ですら関東まで出張して顔を出していることはご存知の通り。このEF210では、従来のタイプに300番台のニューカラーが加わり、さらに全検査上がりの明るい青に白帯の入ったバージョンまであり、パンタ形状から、側面のキャラクター添付車まであるから、このEF210通称「桃太郎」は、今や旬を迎えつつあるように思える。新顔が登場ということは、従来のお馴染みさんが消えていく訳で、ここでもある意味時代は繰り返すのだった。

ここでは、国鉄時代の貨物列車を載せておく。当時の貨物機の花形は、その後スーパーライナーなどで、ヘッドマークを掲げて疾走していたEF66だったように思う。その他、EF15やEH10は早晩消えていったが、EF60やEF65の多々形状変形車たちが地味に走っていた。EF65ではF型が人気であったが、全て他の共通運用でいつ来るかわからない。出会えたらラッキーと思えるくらいの存在感だったろう。掲載写真は、急行貨物列車のスジだから、良いカマを期待して待ったが、見えてきたのが一般型でガックシの図。当時のアントンKは、雑誌の掲載写真に対抗して、バケペン・ド・アップを量産していた時期があった。これはその名残構図。今では撮影出来なくなってしまったから、これも良き思い出に感じられる。

1982-08-19   1351ㇾ  EF65 34       東海道本線:大高付近


短命に終わった特急「安芸」~EF58

2020-09-16 19:00:00 | 国鉄時代(カラー)

前述したように、生まれて初めて撮影旅行が関西で過ごした数日間だった。今思えば同行の学友頼りで、写真の「いろは」すら解っていなかった。でも不思議と楽しかった思い出だけがまだ残っている。試練とも呼べるような撮影行脚も、その後幾度も経験したが、あの頃の気の合った者同士、何も考えない気楽で、ただ次は何を撮ろうか、と行き当たりばったりの行程も楽しいものだった。時代も大きく変わり、もうあの時のような経験は不可能だろう。そう思うと少しばかり寂しくなる。

数日前に淀川橋梁を通ったが、昔のイメージはまだ残っていたように思えた。おそらく鉄橋自体、架け替えられているだろうが、夏の蒸し暑い朝、堤防でいつも列車を目で追って一喜一憂していたことが懐かしい。今回はそんな思い出の写真から、早朝撮影した特急「安芸」を掲載しておく。ちょうどこの時、春のダイヤ改正で、特急化された「安芸」。運転区間は新大阪-下関間だったと思うが、呉線経由の異色的列車だった。列車名の「安芸」と言えば、本州最後の大型蒸機が牽いた名列車を想像してしまうが、実際は、20系客車のものクラス編成で、その後も乗車率が悪かったのか、数年で消滅した記憶がある。しかし当時はEF58が20系客車を牽いていたので、それだけで満足していたように思う。撮影地も解らず、早朝からカメラを向け撮影した当時のアントンKには、これが限界だったはず。しょぼい画像だが、夜明け間もない大阪をラストスパートかけるゴハチの唸りは、こんな画像からも伝ってくる思い出の写真。

1975-07-28  1002ㇾ  EF5863 安芸    東海道本線:大阪-新大阪


「大公」を聴きに淀川を渡る~20系客車

2020-09-14 19:00:00 | 国鉄時代(カラー)

週末にかけて関西まで行ってきた。第一の目的は、大阪クラシック2020の鑑賞だった。この催しは、かつて大阪フィルの音楽監督だった大植英次氏をプロデューサーとして、ここのところ毎年開催されている、大阪人のための、大阪人演奏家による音楽の祭典とでも言ったところだろうか。とにかく大阪人の熱量は独特の凄いものがある。根っからの関東人であるアントンKには、閉口する場面もあったが、それにしても、この暑苦しさこそ関西であり、このエネルギーを少しでも蓄えようと足を運んだ。

本来なら、オープニングの大阪フィルの「新世界より」から参加したかったが、チケットはすでに完売で撃沈。一番聴きたかったコンマス崔氏によるベートーヴェンのチケットは、何とか確保できたのだった。そして会場は、いつものフェスティバルホールではなく、中央公会堂の大集会室という、アントンKには初めての会場となり、その外観の趣とも相まって期待が高まった。アントンKは、崔氏のベートーヴェンが大好きだ。かつて鑑賞したコンチェルトを筆頭に、音楽から醸し出される人間の感情、喜怒哀楽が音楽の背後に顔を出し、それがいつもアントンKの心に響き感動を呼ぶ。クラシック音楽、特に精神性の深い音楽は、ベートーヴェン、そしてブルックナーであると昔から考えているアントンKだからかもしれないが、崔氏の奏でる音色で時に励まされ、勇気をもらい、ここまで生きてきた訳だ。それがオケのコンマスであっても、またはソロであっても、今回のような室内楽であっても、同じように伝わるのだから、とにかく演奏現場へと出向きたくなるのである。

今回の演奏は、ピアノ三重奏「大公」だったが、どの楽章もアグレッシヴに響き、奏者個々の主張がそれぞれ溶け合い美しい演奏だった。アントンKは、特に第3楽章の深い響きが印象的に感じられた。 出のピアノソロから、目一杯気持ちが込められ、続くVn、Vcがそれに答えるように対話を重ねていた。ここの数分間を鑑賞しただけでも、心が熱くなり来た甲斐があったと思えたのである。

地下鉄御堂筋線に乗り帰路に就いたが、途中大きな淀川を渡る時、キラキラ輝く川面を見ながら、遠くなった昭和時代、あの堤防から列車撮影をしてから随分と時間が経ってしまった事に改めて気づかされていた。ちょうどBGMに先ほどのアンダンテが鳴っていて、無性に目頭が熱くなってしまった。掲載写真は、その大昔の淀川で撮影した初めて見た特急「つるぎ」。長い編成が綺麗に鉄橋に載り、朝日に輝いていた美しさは今でも忘れられない。

1975-07-28  4006ㇾ つるぎ  東海道本線:新大阪-大阪

 大阪クラシック2020 第3公演

ベートーヴェン  ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調 OP97  「大公」

トリオ エドアルテ

ヴァイオリン(主幹)   崔 文洙

チェロ          花崎 薫

ピアノ          野田 清隆

2020年9月13日 大阪市中央公会堂 大集会室

 


鉄道写真の登竜門「鶯谷」~EF57

2020-09-12 17:00:00 | 国鉄時代(カラー)

日頃時間を見つけては、フィルム時代の写真をデータ化しているが、なかなか思うように進まない。最近よく思うことは、もっと手軽にデータ化して楽しんだ方が、得策ではないかということ。高画素でデータを仕立てても、将来何をするわけでもなく、自分自身の愉しみのためだけなら、ほどほどに。これが大事なことかもと気づかされた。また想いが変わり、別の事を言い出すかもしれないが、要は自分の趣味への拘りの部分としても、杓子定規に考えない方が、精神衛生上宜しいのではないかと考え始めている。

現代の鉄道ファン、それも写真を主に撮影している撮り鉄さんたちは、どうなのか知らないが、我々の撮り鉄事始めは、地元の鉄道から、そして東京駅、上野駅と相場は決まっていたように思う。もちろんアントンKのような関東人の場合に限ることだが、普段見ようと思っても見られない色々な車両たちを、いち早く見に行ったことは誰でも同じだったのではないだろうか。誰もが憧れを抱くブルートレインを間近で見たり、夜通し走りぬいた夜行列車から醸し出る郷愁を感じたりと、ますます鉄道の奥深さに身が沈み込んでしまう瞬間がいくつもあり、底なし沼のごとく抜け出せなくなる。アントンKが未だに同じことを続けている訳は、こんなところにあるのではないか・・・

今回は、北側の長距離列車を撮影するのに好都合だった「鶯谷」で撮影した画像を掲載してみる。この鶯谷ホームも、今でも撮り鉄さんたちには有名なポイントのはず。アントンKには、前出の西日暮里よりもこちらの鶯谷の方が、最も早い時期に行って撮影している。ある意味、撮り鉄の登竜門的ポイントではないか。しかし実際には、さほど撮影しやすいと思えるポイントではなく、ホームから気軽にカメラを向けられ、推進回送列車も含めて、同一列車を2回ずつ撮影出来ることの方が大きい。掲載画像は、当時到着が最も早かった急行「新星」の推進回送列車。最後部のEF57がファインダーに入ってきた時、思わず声を上げそうになった思い出が過る。まだ動く被写体を撮影することに慣れていない時代でもあり、とても掲載すべきではないのだが、見ていると当時の場面が蘇り懐かしく感じてしまった。あの頃を思い出して、今度鶯谷のホームにたたずんでみることにしようか・・

1975-06-15 回1102ㇾ  EF57 5    急行「新星」 東北本線:鶯谷にて

 


忘れえぬ深夜のドラマ~EF16&EF58

2020-09-10 20:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

長年続けてきた鉄道撮影も、アントンKの場合は大部分が走行写真と言われる、動いている列車にカメラを向け撮影するケースがほとんど。列車の記録撮影の場合、条件にもよるが一番被写体が鮮明に写せて確実な手段だ。もちろん駆け出しの時代に、撮影術を享受した諸先輩の方々の影響が色濃く残っているのだが、今となっては、これはこれで良かったと思える。写真としては詰まらないものも多いが、正確なデータとともに残された画像は、その当時の車両をそのまま伝えている。後悔すれば切りが無いのだが、少なくとも現在よりも気持ちを注いでシャッターを切っていたことは確かだから、少しは自分自身を誇れるかもしれない。しかしそう思うと、今の体たらく振りはどうしたものか?初心を忘れるべからずと言いながら情けない限り。今一度身も心も引き締めようと思う。

走行写真以外の撮影は、今回掲載したような夜間のバルブ撮影が残されている。現在では中々バルブ撮影することなど無くなってしまったが、夜を映し出すバルブ撮影も独特の雰囲気があり好きな撮影方法だ。

上越線水上駅でのバルブ撮影。終電が闇に消えると、いよいよ夜行列車たちのゴールデンタイムが始まる。これから険しい国境を越えてそれぞれ終着を目指す長距離列車たちが、次々と姿を現すのだ。あらかじめ三脚にカメラを付けて列車の到着を待ち、EF58が停車したところで撮影が始まる。もたもたしていると、ここから峠の守護神EF16が補機として連結されてしまうから、それまでが勝負となるわけだ。もちろんEF16が先頭に立ってからもシャッターを出来る限り切り続けていた。とはいっても、露光時間がそれなりに長いため、何枚も撮影できる訳ではない。夜通し無心に撮影して、心地よい疲れとともに夜明けを迎える。こんな撮影は何があっても、もう出来ないだろう。

この時は、急行「能登」が何かのトラブルで出発が遅れ、後発の急行「天の川」が入線してきてしまい、中線に停車中の貨物列車とともに三つ巴となった。露光が不足しており、現像も失敗しているため、かなり見苦しい写真になってしまった。しかしこんな画像でも、何も考えない無鉄砲な若き時代の宝物として、アントンKの中では今でも忘れられないシーンなのだ。

1978-11-03

3605ㇾ 急行「能登」 EF1628+EF58104

3773ㇾ EF15150

803ㇾ   急行「天の川」 EF58106            上越線:水上駅にて