人生アラカルト

どうせ過ごすなら楽しくね。

君もか 

2012-11-13 04:52:45 | がん治療
新潟から帰ったら悲しい訃報が2通待っていた。一人
は大学の友人でm放送に務めていたkさん。

亡くなった日付を見て驚いた。1月に亡くなったI君と
1日違いでこの世を去っていた。まるで2人は示し合わ
せたかのように。

私を含め3人は金沢大学に入り社会学研究室で一緒に
なった。2人はよく私の寺に来てくれた。よく喫茶店
でクラシックに耳を傾けた。そしてあつく語りあっ
た。

3人は「3ダラーズ」と呼び合った。
だらとは、方言でアホという意味である。

I君の両親は繁華街の竪町で呉服店を営んでいた。酒
を飲んだあと店へ行くと母君からおにぎりをいただい
た。母君は辛口であった。「3人は悪友かな」

大学卒業後は、2人は創世記の民放界に入り、私はこ
れも学友の一人でS君の紹介でA新聞の記者になった。
新聞記者は思いもかけなかった世界だった。

I君はアナウンサーを経てH放送の重役になった。K君も
A放送の営業畑でそれぞれ出世した。

私は金沢へ転勤したことともあって、よくI君と酒を
飲んだ。道は違うが同じマスコミで働く者として、話
は尽きなかった。

K君の奥さんにお悔やみの電話をして死因を聞いた。10
年前から心臓、すい臓の病で苦しんでいたようだ。お墓
も建てていたそうだ。


もう一人、この世を去ったNさんは金沢二水高校で2年下の
後輩だ。

二水の同窓会関西支部をつくりませんかと誘ってくれた。
同志とともに1年間準備をして、二水の関西同窓会を立ち
上げ、私が初代、Nさんが2代目の会長を務めた。共に定
年後に重い仕事を完成させた。

私は1年間で、得がたき友3人を失った。衝撃は大きい。
いまから、たくさんある思い出をたぐりよせよう。

ありがとう、ありがとう。

心から冥福を祈る。

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