長崎旅行2日目は、定期観光バスに乗った。
観光バスを利用すれば、長崎の主だったところをほぼ
カバーしてくれる。
原爆資料館には大勢の児童が見学に訪れていた。
悲惨な原爆資料を前に、息をのむ様子の子たち。
おいおい、君らの上にあるのは爆弾の模型じゃないの。は
しゃいでしまって。原爆の歴史は遠い遠い過去の歴史なの
かも知れないね。2度と起こしてはなるまいね、戦争は。
平和公園にはおなじみの平和記念像が朝日を浴びてきらき
ら光っていた。男性像は筋肉隆々だった。
如己堂を通り過ぎる時、バスのガイドさんが永井隆博士の
ことを乗客に伝えていた。「己の如く、人を愛せよ」
と染めた記念の布は我が家にもある。昔、博士の娘の茅乃
さんからもらった。
私は、かつて茅乃さんのご主人と同じ職場で仕事をしていた。
お二人とも故人になられた。
長崎では永井隆博士や茅乃さんを語り続けているのだ。
ご夫婦の在りし日を思い出し、胸が熱くなった。
市内のメインストリートは電車が主人公だ。色、形様々な
電車が走り、市民の足となって働いている。
観光バスを利用すれば、長崎の主だったところをほぼ
カバーしてくれる。
原爆資料館には大勢の児童が見学に訪れていた。
悲惨な原爆資料を前に、息をのむ様子の子たち。
おいおい、君らの上にあるのは爆弾の模型じゃないの。は
しゃいでしまって。原爆の歴史は遠い遠い過去の歴史なの
かも知れないね。2度と起こしてはなるまいね、戦争は。
平和公園にはおなじみの平和記念像が朝日を浴びてきらき
ら光っていた。男性像は筋肉隆々だった。
如己堂を通り過ぎる時、バスのガイドさんが永井隆博士の
ことを乗客に伝えていた。「己の如く、人を愛せよ」
と染めた記念の布は我が家にもある。昔、博士の娘の茅乃
さんからもらった。
私は、かつて茅乃さんのご主人と同じ職場で仕事をしていた。
お二人とも故人になられた。
長崎では永井隆博士や茅乃さんを語り続けているのだ。
ご夫婦の在りし日を思い出し、胸が熱くなった。
市内のメインストリートは電車が主人公だ。色、形様々な
電車が走り、市民の足となって働いている。
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