先斗町は灯がはいって人通りが多くなった。「山とみ」では、
お客さんが入れ替わっていた。
「72やさかい」
女将さんが言う。
そうか。私よりずっと下やった。
友人のyさんは、おでんがうまいといって大根を注文する。
女将さんは、昔ポスターにも描かれるほどの別嬪さんやっ
た。いまでも面影がある。愛想がよく、客あしらいがうまい
ので、客は絶えることはない。
かつて妻と娘を連れてここへ来たとき、水戸黄門の助さん
がいた。そう、この店は役者がよく来る。とくに南座で芝居が
かかると、名の知れた役者が顔をだす。
その時の店は一段と賑やかだった。助さんはなにを思った
か、娘に色紙を書いてくれた。ねだったりはしていないのに。
改めて色紙を見るとー
「63年4月、横内正 暴れん坊将軍 大岡越前の守」
あれ? 助さんとばかり思っていた。あれから、25年か。
先斗町を抜けて、高瀬川をわたり、河原町通り向かう。
「昔、このあたりによく行ってた店がありました・・が・・
あらー、なんや、あるよ???店、無くなったはずやの
に」
《くいしんぼ》
青地に白抜きの忘れもしないネオン。
周りの飲食店に負けじと輝いているではないか。
「ちょっと、入ろう」 yさんに声をかけると入り口の戸を
開けた。
「いらっしゃいませ」の声はない。
中は込んでいた。
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