☆フェアリーベルの暖輪室☆・・・♪京都風日和♪

時空のキラメキのなかで、感性を研ぎ澄ませ、
吹く風のままに・・・ちょっと不思議な話も・・・ 

ヒューゴの不思議な発明

2012-03-22 02:10:15 | 徒然

 
この映画の
舞台はパリ・・・
それだけで雰囲気がちょっとちがう
モンパルナス駅構内の時計台に一人隠れ住む少年ヒューゴの物語

「めがねを持って・・・」と張り切って出かけたのに
いつも行っているシネコンは改装中のためか3D上映はされていなかった

3Dで見た友人が「ヒューゴ・・・」は今まで見た3D中

最高だったといっていたのにまことに残念!
駅構内や時計台を逃げ回るシーン
面白い仕掛けの初期の映画のシーン等々
普通に見ても迫力があってとっても面白かったけれど
3Dならより臨場感が溢れて素敵だっただろう

ヒューゴ役のエイサ・バターフィールドの全編を通した

何とも哀しげな目がいい
印象的で心に沁みる感じが何とも・・・
友人役のクロエ・モレッツといい

日本でも何処の国でも子役はすごい

ヒューゴは何も具体的に発明するわけではないので
「邦名」がおかしいとどこかに書いてた人がいたけど(原題は「ヒューゴ」)
元々原作が世界でベストセラーになったブライアン・セルズニックの

冒険ファンタジーが
「ユゴーの不思議な発明」だから仕方がない
その辺りも含めて原作もちょっと読んでみたい

あんなふうに手仕事で何でも作り出せたらどんなに素晴らしいか・・・
久々に見た「映画らしい映画」だ
映画でしか味わえない世界が展開されている
「映画の父」ジョルジュ・メリヒスと絡めて描かれているので

当然と言えば当然だが・・・
映像の丁寧さがいい

古ーい感じの画面、
ノスタルジックな雰囲気、味わい深いカメラワーク・・・
駅構内や時計台の雰囲気が近頃改装されてBSとかでよく取り上げられている
オルセー美術館の感じと相まって面白かった

関わった人々は結局みんな「いい人」で
ハッピーエンドなところもいい・・・
最後の最後のヒューゴの笑顔
やっと哀しげな瞳から解放されて・・・

2Dでも十分楽しめたけど
(映画は別に3Dじゃなくても・・・と思っているヒトなのだが)
この映画はやっぱり3Dで見たかった・・・
                              

                 

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春告花・・・

2012-03-17 01:01:31 | 徒然

 春の訪れを告げるがごとく
 今年も房総から70本のポピーが届いた

 今年で3度目

 「今年も房総から春をお届けしようと思って・・・  」
 「お部屋に早春を感じてもらえたら・・・    」

 
本当に有難いこと 
 とっても嬉しいことだ

 家中に飾って
 今年はご近所にも数本ずつ春のお裾分け

 この暖かさの中で
 オレンジが
 赤が
 ひとつ 
 またひとつ
 緑の帽子脱ぎ捨てて
 じっくりじっくり開いていく

 それを見るのも楽しい

 ぼんぼりのような
 黒い短い毛の生えた緑の帽子が
 二つにぱかっと割れて
 皺皺の花びらが現れる
 赤・オレンジ・黄色・白・・・
 知らぬ間にさっと開いているのもあれば
 帽子を脱ぎ去るまで長ーい時間をかける花もある
 
 
その様子をスケッチする

 それもまた楽しい

 春の訪れを待つポピードリームな日々・・・
 今まさに見事満開!!


                          
 

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水取りや氷の僧の・・・

2012-03-13 01:03:33 | 徒然・・・お水取り

 差懸(さしかけ)の音が二月堂に高らかに響く
 今年も「お水取り」の季節

 ブログをはじめてから毎年書いているが・・・
 去年はそのことを書いている最中に大きな揺れが来た

   この遠く離れた京都にも・・・1年の時の流れを思う

 お松明の炎と杉とヒノキの燃え盛る香りと「行」中の引き締まった「気」と

    声明の響きのなかに身をおきたくて
 今年も奈良・東大寺・二月堂に足を運ぶ

 数日前に今年は大導師としてS師がお籠もりされているので

   参籠のお見舞いに東大寺を訪ねたけれど
   あいにくの雨とその日は二月堂で行が始まる時間がいつもより早く

   迫っていてわずか5分ほどになってしまったこと等
   毎年と勝手が違ってちょっと心が残った・・・

 満月のこの日に出かけると決めていたが見上げた空に雲は厚く

   満月は顔を見せてくれない
 昨年に続いて二月堂の舞台で「お松明」を見せて頂くことにした
 5時過ぎには舞台へ、

   気持ちよい清々しい気が漂い曇り空とはいえ素晴らしい眺めだ
   「6時になったら降りてもらいます」と言われるが

   それと知ったものが残る・・・

 今年もお松明のもと上って来られる籠りの僧が見えるように

    舞台の際で待つことにする
 しかし去年よりさらに厳しくなり今年は童子ではなく、

    ガードマンがいろいろと注意を・・・
 30分ぐらい前になると舞台に太いトラロープが張られた
 去年は舞台を多少動くことができたが全く身動きが取れず

    舞台の正面がどうなっているのかさえわからない

  そこへ東大寺のM師が来られて
 「去年不都合なことが起こりかけたので今年からはロープを張らせて

      貰いました。すみませんねー」 と話され
     ロープが首の所まで来て返って危ないと文句を言ってた人たちの
     雰囲気が一気に和んだ
 

  ここぞとばかり隣にいた話好きらしいご婦人が「韃靼帽」について
  質問をされたことからロープをはさんでM師との話が始まる
  M師はまだ少しお若く中堅と言ったところか・・・

 参籠見舞いの時、高校生らしい一団がのグループに分かれて参籠所に入り
 M師が話をされていたのを見かけた
 不思議に思ったのだが、地元の学校らしく東大寺と連携をとられて

 いろいろな取組みをされていることがわかった

 14年前、「行」の最終日の14日から15日にかけてに

  一晩二月堂で過ごした時「韃靼」を見た
 お水取りのハイライト的行法で13・14・15日のみ行われる。
 韃靼帽を被った練行衆(籠もりの僧)二人一組で内陣をかけ回り
 ひとりが燃え盛るお松明を激しく床に打ちつけひとりが箒のようなもので

 消していく・・・
   そのとき被った韃靼帽を修二会の行を終えた15日

 幼児に被せると健康に育つと言われている
 韃靼帽は8人くらいの僧が被られるという

 昨年は修二会の篭りの最中にニュージーランドの地震や東日本大震災がおこり
 非常なショックをうけ

 被災され人たちに思いを馳せ
 修二会を絶えることなく1260年続けてきた意味や
 色々なことを行中であるが上なお深く考えさせられたとM師は話された
 

 「もうすぐニュージーランドにホームステイに行くのでそのお気持ち伝えて
 おきますね!」とかのご婦人・・・

 東大寺は同じ気持ちで歩んでいきたいと1000万円の義捐金を

 借金をして出されたと新聞で読んだ
 大導師を務められているS師はこの1年被災地度々訪ね

 その思いを今年の「行」に込められているという
 機会があればその辺りのお話を直接聞けるだろう

 1181年12月平重衡が火をつけ東大寺が炎上した時、

 当時の管長が今年の修二会はとても無理なので中止を言い渡したが
 有志の僧が「行」を慣行した話や女人禁制の意味
 若狭井から湧き出る水について等々
 M師との「
話「」は盛り上がりお松明を待つ間の30分は
 瞬く間に過ぎた…        
 とってもラッキーなことであった

 修二会は始まりからして不思議であり

 今年で1261年絶えることなく続いてきたこと
 行の内容や言い伝え等々
 論理を超えた超自然的な「大いなる世界」であるということだ 

 

 童子が叫びながら階段を駆け下りいよいよお松明が始まる
 真剣な表情で神々しく練行衆が燃え盛り揺らめく炎に照らせれ上がってこられる
 先に入られた一人の差懸(木の下駄)の音が堂内に響き渡っている

 この場所に立つと芭蕉の「水取りや氷の僧の沓の音」の句が浮かぶ
 「氷の僧」とは冷え冷えとした中で寒々と行に勤しむ練行衆のことを
 そのように表現したと一般的に言われているが
 「籠もりの僧」を芭蕉が聞き違えたという説もあり

 「こもりの僧」と表記されているものもあるという
  私は文字で見るまでてっきり「籠もりの僧」だと思い込んでいた

 それにしても沓(差懸)の音・響は印象深い
 一人で走る音、練行衆みんなで内陣を歩き回る音…修二会の「音」「響」だ

 童子がお松明を抱え見せ場とばかりに力いっぱいまわす
 炎が上がり火の粉が飛ぶ
 大きな歓声が上がる
 練行衆を内陣に送った後は舞台を走るのも歩くのも回し方も

 童子に任せられているらしい

 10本のお松明が終わった
  いぶされた杉の残り香が漂い研ぎ済ませれた清々しい気が満ちて

  心地よい風が吹きぬける
  舞台からの夜景が美しい

 真っ暗な局に入って「行の気」と声明に浸る
  時間が瞬く間に過ぎる

  心残りもすっきりと晴れ
  新しい清らかな「気」を頂いて

  新たな今日を生きたいとおもう

                        

              

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舞踏交響曲・・・

2012-03-09 00:15:20 | アートライフ

   3月、春に向かう雨が降る
 雨音も何だか優しく響く

 久方ぶりの田尻洋一氏のコンサート
 伊丹アイフォニックホール
    今回はベートーヴェンの交響曲のすべてをピアノで・・・

 「第7番」がメイン
 「第7番」が舞踏交響曲とも呼ばれることにちなんで
 「踊り」にまつわる名曲が集められプログラムが組まれていた

 まずショパンの「華麗なワルツ」から
 軽やかに「魔法の手」が動く
 軍隊ポロネーズ、マズルカ、タランテラと
 ショパンのそれぞれ味わい深く華やかだが雰囲気が異なる舞踏音楽が続く
 体がひとりでにリズムを刻んでいる
 華麗に力強くリズミカルに美しい響きが沁みる

 次はフォーレの優美でしっとり染み入る2曲
 私はこの日この2曲がとってもこころと体に沁みて印象深かった
 「バヴァーヌ」(中世スペイン王宮の孔雀のことらしい)
 指が舞う、手が舞う・・・
 どこか懐かしく素朴さの中に優雅が漂う・・・

 「シシリアーノ」イタリア南部のシシリー島の舞曲
 私にとっては何故か耳に馴染んでいる曲
 田尻氏の素晴らしいピアノで聞けて嬉しかった!

 前半最後はリスト・死の舞踏「怒りの日によるパラフレーヌ」
    古くから伝わるグレゴりア聖歌「怒りの日によるパラフレーヌ」

 の一節を主題にした
 変奏曲の形式で作曲されていると言う
 「曲全体を覆うただならぬ奇怪さ・・・」

 最後の審判の日地獄へ導かれる者・・・
 響き渡る激しさの中にいろいろなピアノ技法が満載の曲
 「魔法の手」の見せ場で面白い
 とにかくすこぶる激しく「地獄絵巻」のごとくちょっと凄まじい曲だ 

 全く気づかなかったけれどアクシゼントが・・・
 田尻氏も「こんなこと初めて・・・」と言っていたけど

 演奏中に最高音部のピアノの弦が切れたらしい
 ギターの弦が切れるところは何回も見たことあるけど・・・

いよいよメインのベートーヴェン交響曲第7番イ短調(田尻編)が始まる
 高揚感を伴う独特のリズムが揺れ動き躍動する
 ベートンヴェンらしい雄大な流れがおおもとにありそのリズム感も格調高い
 「魔法の手」「魔法の指」が軽やかに躍動し舞い踊る

 田尻氏の演奏会はほとんど自由席なので

 (だからいつも長い行列が出来るのだが)
 手の動きが見える席を取る
 今回は何故か演奏中ずっと「魔法の手」と言う言葉が浮かんでいた

 作曲家のワーグナーがこの曲の神々しいまでのリズム感を

 称して「舞踏の聖化」とよんだことから
 俗称「舞踏交響曲」とも呼ばれるようになったらしい
 ピアノで交響曲をたったひとりで・・・

 そのエネルギーに今回も魅せられ驚嘆する

 「魔法の手」の早春の響きが激しくも

 何とも心地よい時間を運んでくれた・・・

                            

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かぜ日和

2012-03-05 01:21:01 | 徒然

2月後半久しぶりに風邪をひいてしまった
以前はよく風邪をひいていて
しんどさと不安(仕事を休むのはたいへんなことだった)の中でも

買いためた本をまとめて読める時間が持てることが密かに嬉しかった

今から思うと自己を見失いそうな追い込まれた日常の中で

自己回帰の時間を持つためにゆっくり眠ること等
体が折り合いをつけていたのかもしれない

今は時間はたっぷりあってしなければならないこともそうそうにないけど
動けないときは本を読むしかない

積んでおいた市川卓司「恋愛寫眞」吉本ばなな「虹」
江國香織「スイートリトルライズ」
レックス・シアラー「青空のむこう」を読む

江國香織読み終えて読後感がどうも良くない
イヤ読んでる途中もモヤモヤというかイラっとしたものがたまってくる感じ
なんかよく分からないけど
「しんどさのせいかしら・・・」

あくる日よしもとばななを読んでいて
昨日の何とはなしのイラっとした感が癒されていくのを感じた・・・
リハビリされてる感じ・・・
何なの、これは・・・

そして気づいた・・・
「スイート・・・」には他を思いやる気持ちが無い

描かれていないのだ
己のことばかり・・・の世界
他に尽しているように見えてもそれは自己満足というか

それが己のあり方だから・・・
自分を成り立たせているのは自分の世界のみ・・・
乾いているといえばそう、「情」がない世界なのだ
かかわりはあるけれど他者を慮って向き合うことのない世界
 深いところで理解しなくてもそのあたりの

なんとはなしの「感覚」に逆に惹かれる人も多いのだろう

それに対してよしもとばななの世界は一見「今的」な感覚に見えて
どの作品もあふれんばかりの「情」でいっぱいだ
己を成り立たせているのは、自分が自分であるには
自分が他者に対してどんな思いを持つのか、どれだけ思いやれるのか
人間ばかりではなく動物や植物に対してもどれだけ真摯に向き合えるのか
をしつこいほど書いている

作家自身の「持つもの」「特質」もとても大きいだろうし

文学的世界観の違いもあるだろう
今まであんまり考えなかったことに気づいて面白かった 

江國香織の初期の作品「つめたいよるに」のなかの

「デューク」と言う犬の話が好きだ
児童文学の世界からデビューしたのではじめての作品も読んでいる
だから今でも読んでしまうんだけど・・・
「間宮兄弟」もその世界の兄弟の話でなかなかおもしろかった

よしもと作品に若い女性ファンが多い理由と「癒される…」

という感じが雰囲気としてよく分かった
(実は私も村上春樹とともによしもとばななもそれなりに好きで

 「キッチン」からしっかり読んでるんだけど)

風邪の中面白い発見もあった
ちょっと深く考えることもあった
風邪の効用!?かしら・・・

                           

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