一般の方はMRという職業をご存じないかも知れない。MRとはメディカル・リプレゼンタティブ(Medical Representative)の頭文字をとったもので、医薬品メーカーの医薬情報担当者のことである。とはいっても実態はセールスで自社製品の優れたところを強調して、売り上げを伸ばすのを主目的としている。
それこそ私が医師になった44年前は秘書というか使い走りというか遊び仲間というか、それこそ献身的にいろいろ世話を焼いてくれたり接待をしてくれたりした。個人的には年上の大人を使い回す感覚が好きでなく、私はあまり世話にならなかった方だが、そうした存在であった。最近ではMRさんの仕事内容も変化し、医薬情報の提供に重点が置かれるようになった。
それでも基本的に自社製品を売り込む姿勢には変わりなく、上司の鞭の音が聞こえる時もある。そうした売り込みだけに目が行っているMR諸氏の中には、競合製品で他社を選ぶと途端に冷たくなったり、勧められた製品を選んでも感謝は直ぐ忘れたり、担当が外れると勉強会で会っても挨拶をしてくれなかったりと手の平を返したように態度が変わる人も居る。人情紙風船としてもと思う。勿論そうしたことのないMRさんも居て、厚労省の圧力でジェネリックに変えられてしまい自社製品を使ってもらえなくなったのに、その薬の新しい知見を持ってきてくれたりする立派なMRも居る。患者と医者と同じ、MRと医者にも信頼が大切と申し上げたい気がする。
別子銅山の話、確か最近どこかで読みました。
yamada様の感想、ああそうした事もあるだろうなと思いました。
まあ、私は自分を棚に上げてとやかく言いがちですが,思いは似ていると感じます。
・・・・・こんなことがあった。
グリコ・森永事件に使われたのと同じ型の<日本タイプライター>で、見積書を清書していた頃のことである。見積配置図を何枚も何枚も描き直し、見積書が一冊のファイルになるほど書き直した、引き合い案件であった。
とどのつまり、本部へに働きかけ力の弱さゆえ、逸注してしまった。 先方担当者との最後の面談、腹は悔しさで煮えくりかえっていたが、ふと 「最後の別れ際の態度」のくだり文句がよぎった。ひとこと 「ありがとうございました」と、深くお辞儀をして退場した。
そののち10年ほどして、同じ会社から 再度引き合いがきた。あの担当者は、相当な重い役に就いていた。
引き合いが成立して 最初の顔合わせの席で、彼が話しかけてくれた。 「前回は ほんとに申し訳ないおもいをさせました。最後の打合せで あなたの後ろ姿をみて、このつぎは御社にお願いしようと決めていました。」
わたしが いかほど仕事冥利を感じたか、言うまでもない。
冒頭で わたしは、石原慎太郎氏を評して 「往生際の悪い云々」といいかけて、やめた。
わたしの ほんとうの意味での最後の別れ際 「往生際」は、まだこれからである。
石原慎太郎氏を とやかく言える立場ではない。
願わくは、家族の記憶に 笑顔一つで残る人生でありたい。
http://yamada.21jp.com/oyaji-363.htm