駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

施政方針演説を読む

2014年09月30日 | 政治経済

               

 安倍首相の施政方針演説を読んでみた。防災に地方創生と女性活用など、成る程という内容だが、どこか実感とそぐわないものも感じる。

 成長が難しいあるいは人口減少が予測されるという指摘は悲観してなされているわけではない。そうした指摘を悲観論でけしからんと叩くのは、冷静客観的な判断を遠ざけてしまうのではと危惧する。中国や韓国がなぜ安倍政権と敵対するのだろうか、それはこうした施政方針演説では見えにくい内心の政治姿勢を嗅ぎ取るからだと思う。中国や韓国にはお国の事情があり、為にする批判も多いようだが、それだけではないと思われる。

 地球儀を俯瞰する外交を展開すると書いてある。確かに空飛ぶ首相とばかりに、世界各国を歴訪し数多い首脳会談をされたのは有意義だったのだろうと推測する。しかし相手あっての外交、したたかな国も多いので、本当の評価はこれからだ。

 いつも施政方針演説は与党から賞賛され野党からぼろくそに言われる。それはさておいて、中学高校の国語の教師に、作文としての評価をして貰いたい。

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アジア大会サッカー男子韓国に敗れる

2014年09月29日 | スポーツ

                  

 今朝目が覚めたらなんだか身体がふらついた。昨日、好天に恵まれ山小屋で草刈りをして、頑張りすぎたせいだろうか。数年前から年に一二回朝ふらつき感を覚える。医学的にはdizinessといわれるもので、二三時間で自然に軽快してゆくのが常だ。血圧は120/75程度で、頭痛耳鳴りなどはない。自律神経失調の部類に入る異常だが、非常によくある症状の割には容易な検査法はなく、疾患概念ももう一つ明確ではない。まあ、今日は仕事だけにして、おとなしくしていよう。

 アジア大会の男子サッカーを見た。紙一重執念が違った。大島がPKを与えて負けたのだが、僕が敗因ですという反省では不十分だ。敗因は他にある。

 はっきり言って韓国は狡いというか汚いというか、ぎりぎりで反則を逃れるラフプレーをする。それが反則とならないのは、見極める自己コントロールができているからだ。日本の選手は、そのいやらしさというか狡さを感じて、対抗するのだが腹を立ててしまうために自己コントロールが出来ず、やり過ぎて反則になったり、一瞬の遅れを突かれてしまう。

 韓国の猛攻をよく凌いだのだが、紙一重執念で負けていた。俊敏さは身体能力だけでなく判断力も関わっている。怒り、苛立ち、恐れは俊敏さを鈍らせるのを学んで欲しい。勝てる相手だ、オリンピックで雪辱を果たして欲しい。

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噴火の予知は難しい

2014年09月28日 | 人生

                   

 木曽の御嶽山が噴火した。予知困難と気象庁は言っているが、その通りなのだろう。勿論、何千の一か何万分の一かの確率は有ったわけだが、大丈夫と踏んで行動している人間は突然、思いも寄らぬと感じてしまう。

 犠牲者が居られるようで、残念で痛ましいことだ。救助が迅速に行われることを祈りたい。

 火山の噴火が怒りに似ているせいか、私だけではなく多くの人が何か人知を越えるものからの警告のように感じておられるのではないかと思う。

 医院の来院患者さえ予測できない。大体の傾向はあるが、連休の翌日でもさほど混まないこともあるし、何でも無い金曜日に物凄く混んで一時間半待ったとお叱りを受けてしまう。だから、この頃は殆ど予想しないで、今日はどうかなといった程度の気持ちで診療を始めている。こうしてやろうなどというのは人間の思い上がりかもしれない、慢心は危険で事故や失敗を招くのは歴史の教えるところだ。偉そうに感じ振る舞うのは心地よいが、転倒失策が待ち構えている。

 臨床医として痛い目に有って成長してきたので、虚心坦懐の大切さを思い知らされている。自信は大切だが、身の程を忘れてはならないといつも気を付けている。それでも思いもよらぬことが起こる。

 

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砂漠に雨を降らすがごとくの報道を

2014年09月27日 | 政治経済

                 

 新聞やインターネットの見出しに、おぞましい事件が相次いでいる。人質を見せしめにという卑劣きわまる行為に、憎しみが憎しみを生む連鎖が回り始めているようだ。

 狂い始めた世の中の収集がつかなくなる恐れを感じている。戦後、今ほどジャーナリストの真価が問われている時はないだろう。視野の広い、客観的でスポンサーの得失を離れた報道には冷静な判断を呼び戻す作用があると思う。

 そして読者はメディアリテラシーの力を付けないと、煽り叩くばかりの無責任報道の毒が回り、悪疫質に陥る恐れがある。

 私の簡単な処方箋は履歴を思い出すことだ。一ヶ月前なんと報道していたか半年前何と書いていたか二年前何と報道していたか、それを思い出すだけで、提灯持ちや売らんかなの報道はある程度見透かすことができる。もう一つは少し時間のある時隅々まで読むことだ。小さい記事が光っている。

 TPPや北朝鮮拉致報告を何と報道してきたか、高齢者は認知が始まっていても肝心要は忘れてはいませんよ。

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強すぎる?羽生

2014年09月26日 | 趣味

                     

 五十五期王位戦は4勝2敗1持将棋で羽生名人の防衛に終わった。羽生は本当に強いという当たり前の感想が浮かんでくる。勝負の世界ではあり得ない強さで、三十年前大山さんは空前絶後だと断じた見解を撤回しなければならない。

 大山さんは常々一年二年の王者は王者ではないと二十年の長期第一人者君臨の自負貫禄を披瀝されたものだ。羽生はそれ以上ぶっちぎりの二十年で、衰えの気配はどこにもない。

 木村一基八段は好きな棋士ではあるが、失礼を顧みずよく二回も勝てましたねと申し上げねばならない。挑戦者に名前が出た時から、又羽生勝ちと思っていた。しかも、一勝できれば上出来と思っていた。木村さんも強くなったと、木村ファンが聞いたら怒るだろうコメントを申し上げたい。

 最終局の二日目はへぼの私が見ても木村八段が優勢だった。決め手を与えず、逆転する凄さは相変わらずの羽生力だが、解説陣は羽生名人の指した手だと何かあるんではないかとどうも形勢判断が及び腰で遠慮がちだ。

 羽生名人はいろんな本を出されている。かなり売れているようだ。私も何冊か読んでいるが、ライターの手が入っていると推測している。誤解かも知れないが普通に文章を書くような人ではない感じがするのだ。羽生名人は天才で常人ではない。当たり前のことを書くなと言われそうだが、当たり前でもない。優れた人も常識というか常人の側面を持ち合わせているものだが、羽生名人は異彩を放つ異界の人だ。あの加藤先生も敵わない。

 

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