駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

こんな人達に

2018年06月22日 | 町医者診言

 

 ワールドカップに気を取られているうちに、支持をかき集めるためならと無定見に追随迷走する人が、つい二年前とは百二十度違うことを言っておられる。何が何でも三選し個人的悲願である旧いAB式日本へ戻そうとあらゆる策略を捻り出しておられるようだ。口先の言葉だけなら何とでも言える。なんでも忘れたと言う人がそれは私が言ったと思い出す猿芝居はもう結構。実は五年半前党員票では石破さんが優っていた。選挙第一の議員票で容姿と声で票が稼げると安倍さんが勝ったのが真相だったと囁かれている。参考人の肺がん男性の訴えをいい加減にしろと言うA自民党議員の方に一強はいい加減にしてはと申し上げたい。

 こんな人達(国民)は取り換えがきかないが、権力を託すこんな人達(首相とそのお仲間)は取り換えられるのが民主主義で、言葉だけで誤魔化す人にはもう十分に働いていただいたので、今が交代の潮時と見ている。確かに容姿では見劣りし話し方は立て板に納豆の対抗馬だが、実は話の内容は意外と言っては失礼だが論理的で筋が通っている。証文の出し遅れにならないように、監督である国民はとうしゅ交代を告げる時ではないかと思う、どうですか張本さん。

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勝った!西野ジャパン

2018年06月20日 | スポーツ

  

 世の中悪いことばかりではない。今朝は本降りで傘歩きも楽ではなかったが、足取りは軽かった。日本がコロンビアに二対一で勝った。 いやあ、よくやった。ちょっとばかり打電した内容と布陣が違ったが、乾柴崎は勿論、昌子が効いた。サイア人長友は縁の下の力持ち、よく支えた。本田も流れを変える効果を出した。西野監督の慧眼には恐れ入った。

 勝利の喜びを噛み締めた人は多いだろうが、田嶋会長も飛び上がって喜んだに違いない。しかし、この調子でと浮かれてはならない。勝って兜の緒を締めよと岡山のお婆さんが言っていた。

 西野さんはよく眠れただろうか?。今朝からは対セネガルの作戦を練らなけらばならない。コンビネイションとコミュニケーション、これが日本の力の源泉。また作戦の参考文献を打電するので見て欲しい。さあ日曜日は夜更かしだ。

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不意打ちに備える

2018年06月19日 | 自然

  

 思いもよらぬ昨朝の大阪の地震、震度六弱で四名人の尊い人命が失われ、ライフライン建物の被害もかなりのもののようだ。いつも幼児や児童そして高齢者が犠牲になり、事故が起きてから建築基準法違反や緊急用の発電機水没という不備が報じられる。

 地震はいつも不意打ち、地震学会はつべこべ言わずに地震は予知できませんと発表周知してほしい、以前に比べれば謙虚になってきたようだが年単位の予知もできない、まして月週単位の予知はナマズ以下?、予知での緊急対応は無理だ。十年単位で大筋を押さえてゆくのが現実的で、大まかであるが実はそれが科学的な態度だ。

 備えよ常にはまず個人家族単位でやるのが一番、おばあさんの教えが孫を守る。

 

 西野ジャパン今夜はコロンビア戦だ。引き分けでよい。サッカーでは他の競技と違い引き分けの価値が大きく意味深い。原口武藤、山口長谷部、大迫岡崎、牧野昌子、川島中村は迷うところだ。長友乾柴崎は外せない。本田宇佐美は出番がない。大迫、乾、香川、山口、柴崎、長谷部、長友、槙野、吉田、酒井宏、川島の布陣を先ほど西野さんに打電しておいた。さて、夕食はカツ丼にするかカツカレーにするか。失点を一に抑えられれば、引き分けることができる。勝つチャンスも生まれる。

 PS 原口 武藤は交代で必ず使うように

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睡眠不足の季節

2018年06月18日 | スポーツ

           

 ワールドカップにウインブルドンと眠れない季節がやってきた。昨日は大阪まで教育講演を聞きに行って、午後六時過ぎに帰宅、七十を過ぎたのでグリーン車、大阪から国際会議場まではタクシーと贅沢をしたのだが草臥れた。買ってきた駅弁を妻と二人で食べて、録画してあったNHK杯を見たのだがいつの間にかうたた寝、目が覚めたのが十時過ぎだった。風呂に入ってそのまま寝ればよかったのだが、ついドイツVSメキシコを見てしまった。

 メキシコ強い、堅い守備と目の覚める速攻で一対ゼロでドイツに勝ってしまった。メキシコは体格的には日本と変わらず日本の手本になる、これは以前から指摘していたところだ。頭脳プレーとよく言われるが、一秒以上考えては駄目、考えても0.5秒。三手先を読んで動いていないと競り勝てない。

 いろいろな対コロンビア戦布陣が予想されているが、大迫、乾、香川、武藤、長谷部、柴崎、長友、槙野、吉田、酒井宏、川島と言ったところ。長谷部の代わりに山口、武藤の代わりに原口、香川の代わりに山口も考えられる。本田宇佐美大島には出所がない。身体的な調子が良ければ昌子を槙野の代わりに使いたい。乾、柴崎は外せない。今夜一晩考えて、西野監督にテレパシーを送信したい。

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ハムラビ法典の言葉、目には目を

2018年06月14日 | 小考

     

 遺憾ながら法にも法の精神にも疎い。分量が多く細かい法はともかく法の精神に疎いのは、いかにも残念だ。教師の回避や怠慢あるいは文部省の指導や作戦のいづれにあるのか知らないが、そうした授業内容は乏しかったと記憶する。

 ハムラビ法典の名前は知っているがその中身は断片的な「目には目を」しか知らない。現在の法の精神や法ができてきた経緯をきちんと理解していない身には「目には目を」はいかにも妥当当然の決まりに思える。ISによって誤解されている部分も大きいと思われるイスラムの精神、実は穏当で平和なもので「目には目を」も過激で暴力的なものではなく、過剰な復讐を諫めたものと聞く。そうであればなおのこと、幼児虐待、誰でもいい殺人には目には目の刑罰をという憤りが湧いてくる。医者がなんてことをと言われても「ゆるして」と書いた幼い子や傷ついて転んでもなお立ち向かった青年のことを思えば犯人に「目には目を」と思ってしまう。一体今の法律とその手続きは、本当に真実に迫って社会の安寧に貢献しているのだろうかと思うことも多い。怒りにかられた衝動は行き過ぎることもあるだろう、だから「目には目まで」という教えが生まれたと推測する。単純な凡人の感覚かもしれないが、現行極悪犯には今も適用できる気がする。大嘘つきの知能犯には倍返しでもよいかもしれない。

 もとより法や歴史には詳しくないので、間違った解釈をしているかもしれないが、人並みの運不運の七十年を生きて、あまりの非道には「目には目を」を天の断罪と感じる。

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