私達人も天地自然に生かされて、
人力を尽くし、自分の運命を切り開きましょう!
2019・12・6、人生と人間力
[進んで負えば、重荷また重からず]
私ごとながら、ライン日記を始めて1070日あまり、78歳の誕生日を迎える事になりました。
この日の2日後、『日本はアメリカに真珠湾攻撃、太平洋戦争』の火ぶたが切られ、奈落の底に落ちていくことになります。
さておいて、
『何事も気持ちの持ち方』といっても、なかなか分かったようにして、わからないものです。
だからこそ御神尊様は、レンガを背負ってみせました。それは、どんな事情に遭遇しても『精神力の限界、人間力の限界にも構わず、自らの生命をかけて進んで負う』ということを、自らの背中と行動で、言葉を超えて範をしめされました。
『何事にも、自分から進んで、主体的に取り組む』ことの大切を教えられました。そしてその精神力、人間力は、『観念だけではうまれません』
その『人間力は誰かのため』『夫のため、妻のため、親のため、子供のため、家族のため、人のため』への思いこそ、救いの世界に繋がる道です。
その思いは、『喜びとなり、喜んで背負う力へとなる』のです。
『どんな重荷も決して重く』ありません。『背負う過程、時間は実に辛いと感じる』ものですが、『人間の生命力には、この忍耐でスイッチがはいる』のです。
『重荷を背負いながら、笑顔の人』がいますが、このようなことからきています。しかも、『忍耐は、これからの人生を支えてくれる』ものです。やはり、『苦労は買ってでもせよ』ですね。やります!
2019・12・3、運命と人生
[話は、夫婦を繋ぐ鎖なり]
人間関係を、滑らかに運ぶためには、『お互いがよく話し合う』ことですが、そこに感情が入り込み、利害が挟まれて、ややこしい方向にいきやすいものです。
その冷静さを保つのは、心の手を合わせ、親のことや家族への思いを考えていれば、相手の思いを受け入れるゆとりがうまれるものです。
『人間には、考え方の違い』があります。それは、『環境の違いからもくる』もの。それを『いつのまにか忘れて、とがめて』しまいます。
そして、『自分の気持ちを押し付け、相手を思い通り』にしようとします。すると、相手も同じ思いですから、『反感を呼ぶ』だけです。
日常の生活が、『運命製造に直結』していますが、同じことを繰り返すのは『学習能力のない人』です。
とにかく、『話す者の身になって聞き』『聞く者の身になって話すだけ』ただこれだけです。
『話は夫婦、親子、人の心と心を繋ぐ鎖』です。
2019・11・30、天地の慈悲
[愛の一念]
宗教に関係することばに、障り(さわり)祟り(たたり)ということばがあります。
御神尊様は若い頃、そのようなことを研究された時代がありました。人間は弱い者、そのような事柄には、囚われてしまうものです。そして、結論は人間の心の弱さによる、迷信と断じられました。
昔はよく母親が子供の病気を助けるために、神社にウシの刻参り、(深夜零時ごろ)をして、その母の愛の一念が、神に通じておかげをいただくことがあったと、聞いています。
母の愛の一念で助かったとするのが『自力』神の導きもあって、助かったとするのは『他力』のこと。
御神尊様は20年間、天地を師匠として、『神と人間は、同等の力を持っていることを発見した』といわれました。つまり、『母の愛の自力、と神の他力の愛』の妙合。『自他力一如』こそが、『天地の道の真髄』です。そこにも『為せば成るの、愛の一念、人間力が発揮』されています。
2019・11・29、天地の技
[切り替えの妙]
『運命というもの』は、『その時その場での、気持ちのおりどころ』によってきまります。『時と所』によって、『今日はしあわせ、明日は不幸となる』ものではありません。
ほとんどの人が、『自分の感情性格に負けて』『言うてはならず、してはならず、思うてはならない』ことをしょうとすれば、『心のブレーキ』がかかって来ます。これがとても苦しいのです。『これを苦と言います』
刃物も使わなければ、錆びて役に立たなくなります。癇癪も出さなければ、切れ味も悪く、パッと反応出来なくなるものです。
『その処理の呼吸』は、祈りの時間、合掌の時に養われるものです。この時に、『自己を省みる瞬間の積み重ね』から、『切り替えの妙味』を体得するものです。やります!
2019・11・28、人間関係と運命
[相手に、こちらの笑顔を移すことが、できなければ、
本当の喜びとは言えない]
お金も物も、幸せの一部ではあります。しかし、『幸福の本体は、家族や人と笑顔で日暮らし』できれば最高です。
夫婦親子の間では、様々の不平不満や、対立が生じることがあります。その時に、『私が悪かったと、謝らなければ』と、思いながらも、ズルズルと、日を過ごして辛い思いをします。
考えてみれば、『夫婦親子の仲で、謝る』というのも、他人行儀にすぎるかも。『用事を作り、自分から話しかけて、心の交流を復活する』こともありましょう。
『声をかけることが』『ものを言うことが』『そのまま詫びることになる』ものです。詫びずに引っかかったままでいると、生活の歯車が狂います。『笑顔も飛んでしまう』ものです。
どんな事情が生じても、グズグズせずに、すぐに元の生活にもどることを忘れないことです。笑顔は伝染するものです。やります!
2019・11・26、天地の働き
[苦しいことも、楽しく処理する]
およそこの人生で、毎日何ごともなく、しあわせいっぱい、胸いっぱいの人に、出会ったことがありません。
私もかつて『毎日を必死に過ごした時期』がありました。明日のことなど思いもよらず、むしろ昨日の失敗や上手くいかなかったことが、重くのしかかって余裕の無い日々でした。
まさに、『人生は苦悩なり』しかし、数ある教えの中に、『子育ては、苦しき楽しみなり』あるいは、『苦しき中に、楽しみを見出す』ことができれば、一人前などと教えられました。
考えてみれば、『人生は苦しいことが当たり前』しかし、それを『受け入れよう』とせず、『無駄な抵抗』をして、『自らを苦しみ』の中に落としこもうとするものです。
その事情に弱音を吐くことよりも、『ようしこの状況の中から、立ち上がって見せるぞ』と。ニッコリしたいものです。天地はそんなあなたに手をのべるでしょう。やります!
2019・11・25、天地の慈悲
[成るを信じて、為すをを尽くす]
根本は『他力という天地のちから』を信じて、『自力、自分自身の努力を尽くして行く』ということです。
何事もやれば必ず、その『努力に応じて、結果はついてくる』もの。それを途中放棄する人がいます。それは『天地の援助を信じていない』からです。
これをすることが、『私の使命』『あるいは天命なんだ』と自覚も必要です。一般的には、『なせばなる』は、『自力のことばかり』強調されます。そして、物事を切り開いて行く意味で解釈されます。
『自分1人の力』は知れています。だからこそ、『為すは努力』であり、ある意味、『修行を積む』ことでもあります。成るとは『天地の働き、援助を信じきって』徹してみましょう。
『この努力と修行精神』『天地を信じる行為』が一致しさえすれば、ことは成立します。やりましょう。やります!
2019・11・22、性格と人間関係
[人間心ほど、偉大なものはない]
『人間心ほど偉大なもの』はありません。御神尊様(長久の人生の師)は、『私が20年研究し続けてきたのが、この人間心であり、これからも生涯かけて研究し、研究しつくせないのが人間心』といわれています。
その研究の中で、『100日間の三社参り徒歩の行中、レンガの行』では、ついに『為せば成るの悟り』から、『人間力を発見』されました。
だからこそ、『心の中に潜んでいる、悩みを解決する』ことができます。そして、『キレて離れる関係にも、心の手を伸ばして繋がる心』があります。しかも、『どんな不幸にも負けず、病気すら、克服する精神力が存在』しています。
ここに『神と繋がる力』『人間力が人間心のなかに潜んでいること』を認識して、『苦しみに立ちむかってほしい』ものです。
2019・11・15、合掌の精神
[特別によい事をしなければ、助からないことはない]
おはようございます😃
『運命開拓は、人生の大きな命題』です。というのは、何か身近に事情を抱えているから、『神のおかげをいただく』には、『特別な行動、あるいは特別なこと』を、しなければと思いがちです。
『神に直接助けてもらおう』としても、かなえられません。それは、『旧態的で、迷信的』です。人間は弱いもので、何かの事情に遭遇すれば、『迷信的行動』にはしります。
しかし、誤解を畏れずにいえば、『神殿にいくら日参しても、霊験あらたか』ではありません。『御神尊様も20年の苦行は』あくまで、『神を拝む気持ちで人を拝み』『常に人の心に飛び込んでいく』ことが、『真実の神を拝む』ことになるといわれています。
特別なことはいりません。『祈る気持ち』で、常日頃、『不愉快になったり、怒ったり、感情的にならないように、務めていく』ことが、『生きたおかげを生む秘訣』です。これならだれでもできるでしょう。
2019・11・02、実践と人生
[為さずして、成さんとするは愚かなり]
何事も、やらないうちから、もう出来ないことに気持ちがとんでしまうことです。
そういう人に共通しているのは、病気を持ったときに、あるいは対人関係で事情が生じたとき、病気や事情を解決することのみに、心を奪われてしまうことです。
これでは、幸せや健康から遠のくばかりです。努力の方向が間違えば、『為せば成る』の御神尊様のみこころが隠れていることもわかりません。
そもそも、幸せも健康も、あくまでも結果です。
善い行いの結果にしようとすれば、その間、為すべき改善点があるはずです。それをおろそかにして、成ることばかり気にしても、しかたがありません。やはり改善が必要です。
改善こそが、為すべきことです。善いおこないとは、その改善が、寄り付きやすい関係に繋がることにあります。
キレやすい人間関係を、そのままにしては、善い結果はありません。やります!