紙魚子の小部屋 パート1

節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物のあれこれ、家族漫才を、ほぼ毎日書いています。

頭痛・肩こりに憧れていた頃

2009-02-23 18:36:27 | 70’s
 子どもの頃、小説を読むと頻繁に登場する「頭痛」と「肩こり」。私はこれがどんなものなのか知りたくてたまらず、一度体験したい!と真剣にかんがえていたのだ。いや、まじです。

 そんな私も自己流で編み物を開始した20代に肩こりというものを体験し、強い冷房に悩まされはじめた10代後半に、ひとしきり頭痛というものに悩まされるようになった。

 40にして立つ頃(ぐらぐらだけど)には、これらに振り回されるようになる。いや、とんだものに憧れたものである。

 で、本日は、文字通り「割れるようにアタマが痛い」というのを体験中。とくに屈むと、そのままぱっくり割れて脳みそが落ちてくるんじゃないかと、ホラーな空想すらしてしまうほど。
 なんとかして直そうと暖かいところでお昼寝もしてみたし、お灸もしてもらったが、居座り続ける頑固者である。あとはもう、早々に就寝するしか手は無いので、早めにアップしてみました。

 ☆蕃茄さんより、イスラエルでの村上春樹さんのスピーチについて、耳寄り情報をいただいたので、コメント欄よりコピーしますね。

 ⇒明日発売の「週刊朝日」に全文掲載。しかも解説は内田樹先生だ!

 

塾の先生はいかにも濃い。

2009-02-22 23:00:49 | おでかけ
 昨日せっかく「薄紙がはがれるように回復」云々と書いたばっかりなのに、どうもあまり回復に向かってはいない模様だと気づく。そんななか仕事を抜けて、やっとこさ塾の保護者会に出向く。

 塾の保護者会は新年度よりの先生紹介と、彼らから、年間計画や授業の目標やスタイルやカリキュラムや内容などを発表していただく、いたって受け身なもの。

 ほとんど動かずじっと聴いておられる(退屈そうな!)保護者の面々の後ろで、私は熱心に先生方の話を頷いたり、メモを取ったりして愉しく拝聴した。先生の顔ぶれは2/3が入れ替わっていたが、先生方のキャラは相変わらず多彩である。

 ほとんど3分話を聞けば「あ、これはKちゃんの苦手とするタイプの人や」とか「なかなか気が合いそうな人や」と判明する。苦手とするタイプの先生の教科を先生ごと嫌いにならないよう、対策を講じなくては。でもKちゃんもその辺はわきまえているだろうから、「え~~?」とか思いながらもちゃんとやっていくだろう。と期待する。

 私が熱心にメモしたのは、学習の重要ャCントとともに、先生方のキャラを掬いとった言葉と似顔絵。後ろの席でこっそりと書き込む。学生時代に授業中内職をしていたことを、懐かしく思い出す。

 不思議にニヤニヤしながら、子どもたちへの苦言と心配を披露する先生。チェシャ猫みたいだが、心底塾教師魂を持っておられ、(Kちゃんがあきれるくらい)人生のすべてを塾教師として賭けていらっしゃるような熱心な方である。

 いやみなくらい横文字を交えた言葉を駆使しながら、滔々と語る少女漫画(または少女小説)の敵役みたいな先生。初めてお会いしたが、いかにもよどみない語りは、かなりの切れ者でもある。子どもたちに好かれる事はないけど、恐ろしく熟練の技を持っていそうな方である。

 面談時にはおどおどと子ウサギのようだったのに、本日は子どもたちのイケナイ点(ケータイに夢中)をこのときとばかり強い口調で指摘する先生。がんばられたなぁとひとつ階段を上がられた先生に心中拍手。Kちゃんは彼の影の薄さに「ユーレイ」とあだ名をつけたが、近い将来、返上できるかもしれない。

 隣の熱血先生と血縁関係があるかのように外見が良く似た(このことに気づいた時点で心の中で笑いが渦巻く)、自信満々かつアツい語りの先生。似ているのは外見だけではなく、アツさもだ。しかし隣の先生は表面上はクールだけど、彼は塾の組んだカリキュラムに真っ向対決して「私が作り直したカリキュラムでやりますから」と堂々宣言。この先生の印象については、帰宅後Kちゃんと、大変盛り上がる。

 そして、これらの一癖も二癖もある先生方を統率しなければならない新しい校長先生・・・どうぞご無理の無いように、よろしく。

薄紙をはぐように

2009-02-21 22:33:16 | お買いもの
 薄紙をはいでいくように、とはよく言った物で、まさにそんな感じで回復してきた。

 回復? そうは言い難いかもしれない。からだは確かに軽くなり、しゃんしゃんと動けるようにはなったが、いかにも風邪らしく咳が出始めた。でも仕事的には、明日は楽。前もってお昼までで早退することになっているからだ。

 わざわざ「仕事的には」楽、と書いたのは、気分的にはそうもいっていられないから。もちろん用事があっての早退なわけで、塾の保護者会が早い夕方よりあるのだ。

 3日前くらいにKちゃんが、「『先生が絶対来てくださいね!』っていってはったけど、(おかーさん)どうするんやろ?」と言ってたっけ。前回心ならずも我家は欠席だったので、今回は万難を排していかねば、と休みをこじ開けたのだ。

 しかしいよいよKちゃんが受験生として扱われるのだとおもうと、ちょっとばかし気が重い。でもまあ、いまの状態をキープつつ、やっていければ十分かもしれないな。

ドアノーを見に行く

2009-02-20 17:47:03 | アート
 ふきのとうを採取した水曜日の午後、思い立って1時に家をでて、2時前には京都駅。3時の電車で帰った。京都の「駅美術館」で開催されている「パリ・ドアノー」の写真展のクローズが今週の日曜までだったので、ご招待券を持っていた私は、なんとしてもいかねばならなかったのである。

 アトランダムなシャンソンが流れる会場は、ほどよく賑わっていて、ぎっしりと写真パネルの展示があり、もう気分はパリ町中の人である。ロマンチックな写真も撮るが、下ネタ好きな子どもがそのまま大人になったようなお茶目な写真もある。でもセンスもユーモアもあるので嫌みが無い。

 「不遜なハトたち」という数枚の連作写真の前で、思わず笑ってしまい、慎みのないところを図らずも披露してしまった。PTA的には「やあねえ」と顔をしかめるべきなのだが、あんなにPTA活動をしたにも関わらず、世に言うPTA的な人にはなれなかった訳である。もっとも私は自分の子どもがお世話になってるからという恩返し的見解や、子どもたちのためにという奉仕の精神で活動していたわけではなかったので、いたしかたないのかもしれない。

 「不遜なハトたち」という連作は、元帥や将軍などの軍人の像の頭部を汚染しつつのっかるハトたちを写したもの。像の中の一人は全裸だったので、ありえない場所にとまっているとんでもなく不届きなハトさえも。

 他にも子どもたちやお年寄りやカップル、解体される直前の活気に満ちた市場が生き生きと写されている。アパルトマンの住人たちをそれぞれ部屋ごと撮って、それをアパルトマンの写真にはめ込むコラージュという、凝った手法もある。パリの象徴、エッフェル塔の写真もエスプリがあって楽しい。コンコルド広場を行き交う人々、麗しの流しのアコーディオン弾きの女性、橋を渡る人々。あまりいい思い出はない場所なのだが、なんだかパリが好きになりそう。

 でもやっぱり一番面白いのは、ギャラリーのウインドウに飾ったお尻むき出しの絵画を見る行きずりの人々のさまざまな表情! にやにやするおじさん、顔をしかめるおばさん、わざと違う絵をみるご夫人とそのとなりで嬉しそうにお尻を凝視する夫君。なぜか驚く女性もいたな。

 というようなかなり乱暴な感想だけれど、いっとき、本当にパリの下町にいる気分を味わえた。お茶目で可笑しくて、古き良き時代のパリの郷愁もあって、ロマンチックな気分も味わえて、強引に行った甲斐がありました。
ドアノーのパリへの愛がいっぱいなドアノーの目。22日までです。

葛根湯ドリンクで紛らす

2009-02-19 21:43:40 | おしごと
 昨日からえらくぞくぞくしだしたので、「まずい!!」と思い、スーパーの斜め前にあるドラッグストアで液状の葛根湯を、2日分購入した。「これさえあれば」初期の風邪なぞ退散するはず、と妄信しているのである。

 しかし今回はそうもいかず、昨夜はとてもゲンキがなかった。

 それでもまあ、あったかくして早々に眠りにつけたので、夜のうちはなかなかいい感じだったのである。明日はゲンキに仕事にいくぞ!と期待させるくらいだったのである。

 一般に予定は未定というが、5分ごとに起こしてくれる目覚まし時計を4回鳴らして、今朝ようやっと起床。お弁当もつくらず、朝ご飯すら食べずに出勤。食べるとヤバい事になるのでは・・・という一抹の不安が朝食抜きの事態を生んだのだ。

 キオスクでサンドイッチをひとつ買ってお弁当とする。普段の私なら全然足りないのだが、今回は実はやっと食べた。立ち仕事を続けるとめまいがしそうだったが、幸い今日はデスクワークが入ったので、午後より落ち着いて座り仕事をする。

 とはいえ木曜日はデスクワーク以外にも、バラエティに富んだ仕事があって(つまりとても忙しい)それが面白いので、かえって気がまぎれたかもしれない。

 もしか具合がよくなければ早退も考えた出勤前だったが、なんとか一日クリアすることができた。それにしても、朝すぐに、約1名の職員さんに私の具合が良くない事を見抜かれてしまった。私もまだまだ修行が足りない。もっとも、他のスタッフの方だって、気づいていながら黙っていてくれただけかもしれないもんな。みんな、とても優しいからな。
 明日は病院に行って、ゆっくりすることにします。