現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

藤原正彦「国家の品格」

2020-04-16 17:13:47 | 参考文献
 市場経済至上主義を批判して、日本人は論理よりも情緒を優先した生き方や国造りをすべきであると主張して、2005年から2006年にかけてベストセラーになった本です。
 数学者らしく、「論理]を否定する文章を非常に論理的に書いていて、読者にわかりやすいことがヒットの原因でしょう。
 それから、随所に日本人の選民意識をくすぐる内容があり、それも好感度を上げているのかもしれません。
 かなり断定的な書き方で潔いのですが、納得できる部分と納得できない部分がまだらになっている感じです。
 納得できる点は、市場経済の限界(ある意味、2008年のリーマンショックを予見しています)、小学校で英語教育する馬鹿らしさ(最近はそれにプログラミング教育が加わっています)、田園風景を守ることの大切さなどです。
 納得できない点は、日本人の特殊性を武士道や神道や天皇制に基づかせている(作者も好きなイギリスと同じような比較的大きな島国で、諸外国からの侵略が難しかったことには意図的なのかどうか少しも触れていない)、階級制度を間接的に容認している(日本の江戸時代の士農工商やインドのカースト制度)、グローバリゼーションに対する具体的な対抗策がない(「武士は食わねど高楊枝」では、作者のようなエリートは生きていけるかもしれませんが、庶民は外国の餌食(消費者及び単純労働の担い手)にされるだけです)などです。
 結果として、その後の日本は、作者の望む方向には進んでいません。
 むしろ、リーマン・ショック後は、国内の経済格差や作者が憂えている実学中心の教育制度が進んでいます。
 そういった意味では、今読んでみると、そうした時代の趨勢にあらがった「蟷螂の斧」のような潔さは感じられます。

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2020-04-16 11:34:10 | 作品
「へーっ。明日の公式戦の先発メンバーに選ばれたのかあ。そりゃあ、すげえや。いったい守備位置はどこをやるんだい?」
 パパは、ビールをごくりと飲み干しながら弘に聞き返した。
「セカンドだよ」
 弘は、ハンバーグをほおばりながら答えた
「そうか。じゃあ、巨人の野島だな。あいつみたいに、守備がいいのかい? いや、弘は右打ちだから、むしろ阪神の山田タイプかな」
 パパは、ビールのコップをテーブルに置くと、お箸でバットを振る真似をした。
「そんなすごくないよ。打順は八番なんだし」
 弘はあわてていった。そんなに期待されても困ってしまう。
「まあ、最初はそんなもんさ。じゃあ、内山弘くんのレギュラー入りを祝して乾杯といくか。五年でレギュラーなら立派なもんだ」
 パパは、弘の茶碗にビールの入ったコップをガチャリとぶつけて、一人で乾杯した。おとうさんは、すっかり上機嫌だった。
「そんなでもないよ」
 あんまりパパが喜んでいるので、弘は困ってしまった。
 実をいうと、今回の先発出場は、本当は正式なレギュラー入りではなかった。二塁手のレギュラーをやっている六年生の斉藤さんの都合が悪くて、明日の試合に出られなくなったのだ。それで、補欠の弘が、先発出場することになっただけだった。
「明日、弘の試合を見に行くかな」
 パパは、小さな声でそっといった。
「本当?」
 今までパパは、試合はもちろん、近所の公園でやる練習すら見にきたことがない。
 平日は、いつも仕事からの帰りが遅かった。そのせいか、休日もお昼近くまで寝ていることが多い。他の子のパパたちは、チームのコーチをやったり、熱心に応援したりしているけれど、弘のパパは一度も参加したことがなかった。
「ああ。弘選手の勇姿を、ビデオにおさめなくっちゃな」
 パパは、コップにビールをつぎながらいった。
「やったあ。よーし、絶対ヒットを打つぞ」
 弘は大喜びでいった。
「ヒット? だめだめ、ホームランぐらい打つ気でなくっちゃ」
 パパの顔は、もうかなり赤くなっていた。

 翌朝、パパは、いつものように朝寝坊をしていた。
「おはよう」
 弘は、パパの寝室まで起こしにいった。
「パパ、もう七時半をすぎたよ」
 弘は、まくらもとで声をかけた。
「うーん」
 パパは、布団にもぐりこんでうめいた。
「遅れちゃうよ」
 弘は、パパの布団をはがしながらいった。
「わかった。もうちょっと」
 パパは、まだ寝ぼけ声だ。
 その日の試合は、地区の春期トーナメントだった。約三十チームが参加し、今日はその一回戦と二回戦が行われる。
 選手たちは朝早くに集合して、本田監督の運転するマイクロバスで会場まで移動しなければならない。
 弘は、ギリギリまでパパが起きてくるのを待っていた。
 とうとう集合時間の十分前になってしまった。
 でも、パパはまだ布団の中だった。
「きっと起こしてよ」
「はいはい。間に合うように行かせるから、だいじょうぶよ」
 ママは、弘にお弁当を渡しながら約束してくれた。

 公園には、本田監督、コーチたち、そして、他のチームメイト全員がすでに来ていた。みんな、バットやボール、キャッチャーの用具など、会場に持っていく物を準備している。
(あれ?)
 弘は、その中に斉藤さんの姿を見つけてびっくりしてしまった。
「あっ、内山。ちょっと、ちょっと」
 監督は、弘の肩を抱えるようにして端の方へ連れていった。
「あのな、斉藤が急に出られるようになってなあ。悪いけど、控えにまわってくれないかな」
 監督は、大きな体をかがめてすまなさそうにいった。
 こういわれては、弘は黙ってこっくりとうなずくしかない。
でも、パパが、弘が先発出場するところを、ビデオに撮りに来てしまう。
よっぽど、
「今日は来なくていい」
と、家へいいに戻ろうかとも思った。
 でも、もう出発の時間が迫っていた。
「集合」
 キャプテンの沢木さんが、みんなを呼び集めている。学年別に整列するのだ。
弘も、急いで五年生の列のところに並んだ。

 会場である広いグラウンドのあちこちでは、すでに各チームが、思い思いにウォーミングアップをやっていた。この会場には、少年野球のグラウンドを三面も取ることができる。
 弘たちのチームも、空いている場所を見つけて、体をほぐし始めた。
準備体操、ランニング、そしてキャッチボール。
 弘にキャッチボールの大切さを教えてくれたのはパパだ。
「一球、一球を、大事にしなくてはいけない。キャッチボールは、野球の練習で一番大事なんだ。正しいフォームで投げる。ボールをよく見る。両手でしっかり取る。相手と呼吸を合わせる。すべての野球の要素が、この中に入っているから」
 もっともこの言葉は、パパが入っていた中学の野球部の監督の受け売りだと言っていたけれど。それでも、弘が一年生のころまでは、週末によくパパとキャッチボールをしたものだった。
 でも、弘が二年生になって少年野球チームのヤングリーブスに入ってからは、だんだんやらなくなってしまっていた。毎週土日には、弘はチームの練習があるし、パパは昼近くまで寝ているからだ
 しかし、今でも、弘はパパに教えられたことを守って、真剣にキャッチボールをやっていた。特に、相手の一番取りやすい所に投げることに注意している。そうすると不思議なもので、相手も弘の取りやすいボールを返してくれる。
 本田監督やコーチたちは、いつも弘のキャッチボールをほめてくれていた。時には、他のメンバーのキャッチボールをストップさせて、弘たちのキャッチボールを、模範として見学させることもある。それで、弘は、ますますキャッチボールが好きになっていたのかもしれない。

 開会式が終わっても、パパはいっこうに姿を見せなかった。
 試合に備えて弘たちがベンチへ行くと、そのうしろには、チームメイトの家族たちがすでに十数人も陣取っていた。
 しかし、その中にもパパはいなかった。
弘は、ようやく少しホッとし始めていた。パパはいつものように寝坊していて、来られなくなったのかもしれない。
いや、
(ぜひ、そうであって欲しい)
とさえ思っていた。
 試合が始まると、もうふだんの弘に戻っていた。味方のひとつひとつのプレーに、けんめいに声援を送っている。
「ナイスキャー(ナイスキャッチ)。ツーアウト、ツーアウト」
「ナイス選(ボールを見極めること)。ほらほら、ピッチ(ピッチャー)、入らないよ」
 ベンチにすわっている補欠たちの中でも、弘が一番声を出していた。
 一回の裏のヤングリーブスの攻撃は、ノーアウト一、二塁の絶好のチャンスを逃して零点に終わった。
 ふと気がつくと、いつからそこに来ていたのか、ヤングリーブスの応援団の一番端にパパが立っていた。約束どおり、手にはビデオカメラを持っている。弘が見ているのに気がつくと、大きく手を振って笑いかけてきた。
 弘たちのチームが、守備位置に向かった。セカンドを守るのは、もちろん斉藤さんだ。弘はパパの方を見られずに、下を向いていた。
 試合は、終始、相手チームにリードされて進んでいた。いぜんとして、弘はずっとベンチのままだった。
弘の応援には、一回の時のような元気がなくなっていた。

 一点をリードされた最終回。ヤングリーブスは、ワンアウトから一塁にランナーが出た。
 しかし、次の九番バッターの池田くんは、今日は三振二つでノーヒットだ。
「選手交替」
 本田監督が、審判に近寄って大声で叫んだ。
 そしてクルリとベンチを振り返ると、弘の顔を見てうなずきながらいった。
「バッターは、内山」
 弘はあわててヘルメットをかぶると、ベンチを飛び出していった。
 監督は、すれ違いざま弘に小声でいった。
「サインをよく見ていろよ」
(そうか、バントだ。バントのサインが出るんだ)
 監督は、確実にランナーを二塁に送るつもりなのだ。トップバッターの佐野さんで、同点をねらっているのに違いない。
 何かひとつでも監督に認めてもらいたくて、弘は人の何倍もバントの練習をやっていた。だから、送りバントだけには、絶対の自信がある。それで、監督は代打に弘を指名したのだろう。
 バッターボックスに入る前に、弘はパパの方をちらっと見た。パパは、ビデオカメラを弘の方へ向けて、撮影を始めている。
 弘は、ベンチの前に立っている監督をじっと見ていた。
一球目は、「待て」のサインだった。初球は、さすがに敵チームもバントを警戒しているからだ。
案の定、投球と同時に、三塁手とピッチャーがダッシュしてきた。
 ストライク。
 続く二球ははずれて、ワンストライク、ツーボールになった。
 ここがチャンスだ。相手は、バントとヒッティングのどちらにでも対応しようと、中間守備に切り換えている。
 予想通り、監督から「バント」のサインが出た。
 ピッチャーが振りかぶる。弘は、バントをしようとしてピクッとバットを動かした。
 すると、それを見た三塁手が猛然とダッシュしてきた。
 ボールが来た。真ん中の直球。
 次の瞬間、弘は、バントをしないで思い切りバットを振ってしまっていた。打球は、突っ込んできた三塁手の頭を超えて、レフト前に達するはずだった。
 しかし、スピードに押されて完全につまったボールは、平凡なピッチャー正面のゴロになっていた。
 ピッチャーはボールを取ると、すばやく振り返って二塁へ投げた。
「アウト」
 ショートが一塁へ転送する。弘は必死に一塁へと走った。
 ファーストがボールへ手を差し出す。
 弘が一塁へかけこむ。
「アウトーッ」
 審判は、少しもためらわずに叫んだ。ダブルプレーでゲームセット。
 弘は、ぼうぜんと一塁ベースの後ろに立ちつくしていた。

帰りのマイクロバスの中でも、公園に戻ってからも、監督やチームメイトたちは、弘のサイン無視を責めなかった。
 でも、かえってそのことが、弘をよけいにつらい気持ちにさせていた。
 午後に予定されていた二回戦に進めなくなったので、ヤングリーブスはいつもの公園で軽い練習をすることになった。
 キャッチボールが始まった。弘は、なんとか気持ちをふるいたたせて、いつも以上に一球一球ていねいに、相手の斉藤さんの胸をめがけて投げていた。
 初めはねらいから少しずつずれていたボールが、十球目ごろから安定してきた。斉藤さんも、弘に負けまいと良い球を投げてくれている。
 シュッ、…、バン。
 シュッ、…、バン。
 軽快なリズムにのってキャッチボールを繰り返しているうちに、弘はいつの間にか気持ちが少し軽くなっているのに気がついた。
 弘の後ろにきた本田監督は、しばらくキャッチボールをながめていたが、やがて何もいわずに他の選手たちのところへ移っていった。
 練習が終わった。
「集合!」
 キャプテンの沢木さんが、みんなをよび集めた。校庭に散らばっていたメンバーが、ホームベースの近くに集まってくる。
「整列!」
 沢木さんの合図で、学年順に横一列に整列する。解散する前にいつも行うミーティングだ。
「監督、お話をお願いします」
 沢木さんは、みんながきちんと並んだのを確認してから、監督に声をかけた。
「じゃあ、みんな休めでいいから、……」
 いつもどおりのおだやかな口調で、今日の試合について話を始めた。走塁や守備のミスについて、身振りを入れながらていねいに説明する。コーチたちも、自分の気づいた点を指摘してくれた。
 しかし、ここでも最後の弘のプレーが責められるようなことはなかった。
 ただ、「サインの見落としをしないように」と、みんなへの注意があっただけだった。
「でも、今日の試合は、みんなきびきびしていて元気があって良かった。特にベンチの人たちは、声がよく出ていたな」
 監督は、最後にそういって話をしめくくった。

 解散した後、みんなで自治会館の物置に、チームのヘルメットやボールをしまいにいった。
「さよなら」
「バイバーイ」
 みんなに手を振って、弘は家に帰った。
「ただいま」
 玄関のドアを開けたとき、弘はがんばって元気な声を出した。
「ヒロちゃん、残念だったわね」
 迎えに出たママがいった。
「うん」
 弘はバットを傘立てに入れて、グローブは下駄箱の上に置いた。
 ママは、いつものように玄関から風呂場まで、どろよけの新聞を敷いている。弘は、つま先立ちで歩きながら、風呂場に向かった。
 汚れたユニフォームを脱いで、洗濯機に放り込む。そして、風呂場に入った。
 ザアーッ。
 泥だらけの手足を洗い、汗まみれの髮の毛にもシャワーの水を浴びせた。

 弘はタオルで頭をふきながら、さっぱりした顔で食堂に入っていった。
 パパは、専用のリクライニングチェアにすわって、ビールを飲んでいた。開け放した窓からは、庭のライラックとこでまりの花がよく見える。
 パパは、枝豆を立て続けに口に放り込んでいる。そして、またうまそうにビールを飲んだ。
 弘もそばのいすにすわった。
「ジュースでも飲む?」
 ユニフォームを洗濯機にかけてきたママが、弘にいった。
「うん」
 弘がうなずくと、1リットル入りのジュースのボトルと、コップを持ってきてくれた。弘は、コップになみなみとジュースをついだ。
「ほれっ」
 パパが、ひとつかみの枝豆を弘によこした。
 弘は、それをぼそぼそと食べ始めた。
「今日は残念だったな」
 パパは、ビールのコップを持ったままいった。
「うん」
 弘はそういうと、ジュースを一気に飲み干した。かわいたのどには、すごくおいしく感じられた。
「斉藤くん、来られるようになったのか?」
「えっ!」
 弘はびっくりして、パパの顔を見た。
「ぼくがレギュラーじゃないって、知ってたの?」
「ああ。これでも時々、練習を見に行ってるんだぜ」
 パパは、ちょっと照れくさそうにいった。
「ほんとう? ちっとも知らなかった」
 他の子のパパたちと違って、遠くから見ていたのかもしれない。
「そうだったのかあ」
 弘は、急に気が楽になった。

 しばらくして、弘はパパに今日のサイン無視のことを話した。
「監督さんは何かいってた?」
 パパが、ちょっと心配そうにたずねた。
「ううん」
「なんにもか」
「うん。ただ、みんなに『サインの見落としをしないように』って注意をしてたけど。監督は、ぼくが無視したとは思わなかったのかなあ?」
「いいや、そうじゃないよ。監督さんは、知ってたと思うな。ただ、……」
 パパは何かいいかけたのを途中でやめると、ポツリといった。
「いい監督さんだな」
 弘も黙ってうなずいた。
「弘ぐらいの年のころだったかなあ。おとうさんも、学校から帰ると、毎日、毎日、野球をやっていたころがあったなあ」
 パパは、コップをテーブルの上に置いて、また話し出した。パパが自分のことをおとうさんというときは、いつも思い出話になる。
「夏休みだったかなあ。朝から夜暗くなるまで、延々とやり続けたんだよ。今みたいにきちんとしたユニフォームなんかなかったし、グローブを使うのだってたまにだった。いつもはゴムまりに素手でやったんだ」
「ふーん。少年野球はなかったの?」
 二杯目のジュースを飲み終わった弘がたずねた。
「軟式の少年野球のチームは、近所にはなかった。でも、硬式のリトルリーグのチームはあったな。たしか千住ジャイアンツっていったかな。でも、リトルはけっこうお金がかかるから、おとうさんと同じクラスじゃ、佐久間くんって子だけが入ってた。ヒョロッと背が高くて、デンチューってあだ名だったな。けっこう速い球ほうってたよ」
「ニューリーブスの上田さんぐらい?」
「上田って、今日投げてた子か?」
「うん」
「そうだな、もう少し速かったかもしれないな」
「すごいね」
 弘が感心していった。
「うん、そうなんだ。それでね、六年の時には、エースじゃなかったけど、ジャイアンツの二、三番手ぐらいのピッチャーになっていたんだ」
「ふーん」
「佐久間くんのおやじさんは大きな酒屋さんをやってたから、けっこうお金があったのかもしれない。だから、チームに息子を入れられたんだろうな。それに、すごくリトルリーグにも熱心な人だった。息子の試合の時なんか、いつも店をほったらかしにして応援にいってたらしい。ある時、佐久間くんが先発することになったんだ。そしたら、佐久間くんのおやじさん、はりきっちゃってさ。店で使ってたトラックの荷台に近所の子どもたちを乗っけて、応援に連れ出したんだ。それで、試合が始まると、みんなすごい応援さ。なにしろ、佐久間くんの名前を書いた横断幕まで持っていってるんだから」
「すげえ、その子やりにくかっただろうね?」
 弘は、佐久間くんに同情していった。
「そうだな。今考えてみると、佐久間くんはかわいそうだったな。でも、そのときは、おとうさんも一緒になって応援しちゃったけどね」
「結果はどうだったの?」
「それがさんざん。佐久間くん、すっかりあがっちゃってフォアボールの連発。一回ももたずにノックアウトになっちゃったんだ」
「かわいそうに」
 弘は、今日の自分のみじめな気持ちを思い出していた。
「うん。それから、もっとかわいそうなことになったんだ」
 パパはそこで話すのを中断すると、残っていたビールをコップについだ。
「その日の帰り際だったんだ。佐久間くんがグラウンドから出てくるとね、おやじさんが、いきなり佐久間くんにいきなりどなったんだ。『ばかやろう。おまえのおかげで、おれがいい恥かいた』ってね」
「えーっ。そんなのひどいよ」
 弘は憤慨していった。
「うん。一番みじめな思いをしているのは佐久間くん自身なのに、おやじさんには自分の気持ちしか見えてなかったんだろうな」
 そういうと、パパはのどぼとけをグッグッと動かしながら、ビールを飲み干した。
 最後に、パパは、次の日曜日の朝七時から弘とキャッチボールをすることを、約束してくれた。

 それから一週間がたった。待ちに待った次の日曜日だ。
 時計は、朝の七時をとっくにまわっている。弘は、もうユニフォーム姿に着替えている。
 でも、パパは、いつものようにまだ寝ていた。
(約束したのに)
 弘は、とうとうがまんできずにパパの寝室へ行った。
 ガラガラッ。
 雨戸を大きく開けた。強い日差しが、さあっと部屋の中を明るくする。
 パパは、まぶしそうに顔をしかめると、
「うーん」
と大声でうめいて、布団を頭からかぶった。
「パパ、キャッチボールをする約束だよ」
 弘は布団をめくって、パパのまくらもとでどなった。
「うーん、もうちょっと。もうちょっとだけ、寝かせてくれ」
 パパは、なんとか布団にもぐろうとする。
「だめだよ。早く起きて」
 弘は、パパの布団を思いっきりひっぱがした。




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