現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

庄野潤三「五人の男」プールサイド小景・静物所収

2020-04-27 18:11:26 | 参考文献
 1958年12月号の「群像」に掲載され、1960年に中短編集「静物」に収録された短編です。
 表題通りに、ばらばらな五人の男について、並列的に描かれています。
 一番目は、作者の住まいの隣家に下宿している、いつも決まった時間(夕方)に一人で静かに祈っている五十才くらいの男です(当時は、まだ戦後の住宅難が続いていて、一軒家に間借りする人は珍しくありませんでした)。
 二番目は、バスに乗り合わせたカップルの若い男で、彼が愛媛という県名を読めなかったために、何故か二人はピンチに陥っているようです。
 三番目は作者の父の友人で、若い時はアメリカでギャングを組み伏せるような豪傑でしたが、戦後は喘息のために見る影もなく痩せてしまい、経営した会社も傾いてしまっていますが、ソ連で開発されたという冷凍保存した自分の皮膚をもとに戻すという療法に望みを抱いています。
 四番目も作者の父の友人(実際は最初の教え子)の思い出話で、父が世話した見合い結婚がうまくいかなかったこと、自転車に載っていて毒蛾が目に入って危うく失明しそうになったこと、子どもが川に流されて溺れて医者も見放した後で奇跡的に回復したことなどについてです。
 五番目は、雑誌に載っていた、アメリカの爬虫類学者が、飼っているガラガラヘビを自分の指に噛みつかせて、噛まれた時の対処方法を実際にやってみせる話です。
 正直言って、それぞれのエピソードにはほとんど脈絡がないのですが、作者が実生活においてどういったことを興味深く思うかはよく分かります。
 それを緻密に描写して並列的に置く手法は、やがて彼の文学の最高到達点と言われる「静物」で、彼本来のテーマと見事に結びついて、芸術作品として完成します。
 そして、それはその後に数々の佳作を生んだ家庭小説へ、やがては晩年に描いた老境小説へとたどり着くことになります。
 そういった意味では、この作品は貴重な実験的作品であったと言えるかも知れません。





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庄野潤三「相客」プールサイド小景・静物所収

2020-04-27 11:00:30 | テレビドラマ
 1957年10月号の「群像」に掲載され、1960年に中短編集「静物」に収められた短編です。
 戦争から、他の兄弟より遅れて帰還した次兄(児童文学者の庄野英二)について書いています。
 特に、戦争中に捕虜収容所の副官だった次兄が、戦犯として逮捕されて大阪から巣鴨の刑務所に送られるのに同行したことが中心に書かれています。
 相客とは、その時に一緒に巣鴨プリズンへ送られた飛行場の大隊長のことです。
 抑えた筆致で事実を淡々とエッセイ風に綴るのは、後の作者の作風に通ずるのですが、事態が深刻(ご存知のように、東条英機を初めとした多くの戦犯が、巣鴨プリズンで処刑されました)なだけに、作者の筆致がより抑制的で、小説としては物足りません。
 「舞踏」や「プールサイド小景」(それぞれの記事を参照してください)のような家庭の危機をストレートに描く作品から、それは通奏低音として残したまま家庭の日常を写生的に描いた「静物」のような作品に至る過渡期だったのでしょう。
 なお、庄野英二のその後は、ご存知のように児童文学者や教育者として活躍されたわけですから、裁判はうまくいったのだと思われます。
 しかし、この体験は本人にとってはもっと過酷だったようで、エッセイその他でもあまり触れられていません。
 一方、相客の運命は作品では語られていませんが、彼が飛行場を留守にしている間に起こった捕虜の処刑事件という不運な事実があっただけに、もっと厳しかったかも知れません。


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