2023年公開の日本・ドイツ合作映画です。
役所広司の一人芝居といっていいほど、彼の表情や仕草による演技が圧倒的で、カンヌ国際映画祭で主演男優賞を獲得したのも納得できます。
渋谷区の公衆トイレ(非常に芸術的でユニークなトイレがたくさん登場します)を舞台にしています。
もともとこの映画は、渋谷区内17か所の公共トイレを刷新する「THE TOKYO TOILET」というプロジェクトをPRするために企画されたものです。
監督のヴィム・ベンダースが、日本滞在時に接した折り目正しいサービスや公共の場所の清潔さに感銘を受け、長篇作品として再構想し、彼が日本の街の特徴と考えた「職人意識」「責任感」を体現する存在として主人公を位置づけ、彼に「平山」という名前を与えました。
この名前は、監督が敬愛する小津安二郎監督が、「東京物語」で笠智衆が演じた父親役を初めとして繰り返し使ったものです。
映画も、小津作品を思わせるような日本の美しい風景(隅田川や神社の庭の樹木など)が描かれています。
映画は、平山の規則正しい毎日のルーチン(一人暮らしでの身支度、育てているひこばえ(昼食をとる神社の大木から、許可を得て持ってきています)の世話、軽自動車による早朝のドライブ(アパートの外にある自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら、カセットテープで古い洋楽を聴いています)、几帳面で誠実なトイレ掃除、仕事を終えた後の銭湯、浅草の地下街にある焼きそば屋でのお酒、フィルムを使うカメラでの写真撮影、就寝前の文庫本による読書など)を描きながら、そこにわずかにかかわってくる人たちとの関係も描いていきます。
同僚の調子のいい男、彼が好きなガールズバーの女の子、家出してきた主人公の姪、それを迎えに来た主人公の妹、休日(これもルーチンがあって、掃除をまとめてやり、コインランドリーでの洗濯、写真の現像の依頼と受取り、古本屋で文庫本を買う)に行くスナックのママ(石川さゆりが演じていて主人公とはいい雰囲気なのですが、歌がうますぎるのが難点です)、ママの元夫(三浦正和が演じていてこれもいい感じです)などです。
主人公は、普段は非常に無口ですが、姪やママやその元夫とは、ちゃんと会話ができます。
ラストは、元夫(癌が転移しています)からママを託されて、主人公にとってはある意味ハッピーエンドな感じです。
主人公を初めとして、芸達者ばかりの出演者が、優れた監督の演出で確固たる世界を作り上げています。
アカデミー賞の外国語映画賞の受賞は逃しましたが、一見の価値のある映画だと思います。