現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

石田千「きなりの雲」

2017-10-11 13:56:12 | 参考文献
 エッセイストである著者の初めての長編で、芥川賞の候補になった作品です。
 主人公は四十すぎの独身女性で、恋人に振られて半年間食事もままにならないぐらいに落ち込んで体調を崩します。
 この作品では、主人公が周囲に癒されながら立ち直っていく姿を、丹念に綴っていきます。
 古いアパートの老人や赤ちゃんも含めた隣人たち、編み物教室の生徒たち、舞い戻ってくる元恋人、その元恋人が始めるレコードショップ、主人公の会社の先輩で個人商店をやっている夫婦、その妻の方の恋人で羊毛を作っている青年などの周辺の人物との触れ合いが、繊細なタッチで描かれています。
 この作品に漂うレトロな手作り感覚は、現代の高度資本主義社会のアンチテーゼとして機能して、そういった生活に疲れた読者たちに癒しを与えるのでしょう。
 しかし、登場人物(特に主人公と元恋人)の未成熟さは、その年齢を考えるとあまりにひ弱い感じがします。
 作者の作り上げた世界で庇護されている範囲では生きていけるかもしれませんが、これでは実社会ではとても成り立ちません。
 元恋人の開いたレコードショップはすぐに行き詰りそうですし(演歌も取り扱うことを匂わせていますが、この難しい商売への取り組み方は、別の記事で取り上げた「東京右半分」に出てくるこういったショップの人たちの苦労に比べてあまりに安易です)、主人公の危ういその日暮らしも長続きは難しいでしょう。
 それを典型的に表しているのが、小さなエピソードですが主人公と同じアパートにしばらく存在していた裏社会の人間たち(銃器などの密輸団と思われます)に対する主人公の考え方です。
 その人たちが礼儀正しかった(引っ越しのあいさつの品を持ってきた、盛り塩をしていた、きちんと挨拶をした、周りの清掃をきちんとしていたなど)というだけで、反社会的な勢力の人間たちに好意をもつというのは、四十過ぎの人間としてはあまりにも未熟で、その点だけでもこの作者の思想(懐古調で反動的)が透けて見えてしまいます。
 また、自分をふった元恋人との関係をずるずると復活させる作品の終わり方には、最近の未婚女性に現れているジェンダー観の揺り戻し(自立するよりも男性に寄りかかりたい)が感じられて好感が持てませんでした。

きなりの雲
クリエーター情報なし
講談社
 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 安藤美紀夫「手品師の庭」で... | トップ | 記事の参照方法について »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

参考文献」カテゴリの最新記事