現代児童文学

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桐野夏生「グロテスク 」

2020-05-16 08:59:17 | 参考文献
 2001年から2002年にかけて週刊文春に連載され、2003年に出版された桐野夏生の代表作のひとつです。
 超一流私立大学Qの附属女子高校に入学した四人の少女に待ち受けていた、過酷なまでの階級社会と、そこで生き残るために行った四人それぞれの生き方と、その結果として社会に出てからのより過酷な階層社会で彼女たちが直面したグロテスクな事件を描いています。
 他の三人よりも1歳年少な、ハーフの超絶な美少女のユリコは、成績が達しないのに桁外れの美貌を評価されて帰国子女枠で中等部の三年に編入して、同級の男子生徒を女衒として使って、その美しさを武器に学園内の男たち(大学生や教員も含めて)を虜にして、夜の商売をすることによってサバイブします。
 彼女と対象的に地味な姉は、猛勉強して高等部から入学しますが、驚くほど露骨な階級社会(本当のエリートは小学校から入学した生え抜きの裕福な家庭の子どもたちで、中等部から入った子たちが一番優秀(もちろん彼女たちもそれなりに裕福な家庭の子です)で、高等部から入った子たちはどちらにもあてはまらなくて最下層に位置しています)に絶望し、妹とは逆に目立たないことでサバイブしようとします。
 姉と同様に高等部に入った和恵は、それでも懸命に努力して頑張りますが、みんなの軽蔑といじめの対象になり、一時期拒食症になってしまします。
 中等部から入学したミツルは、圧倒的に優秀で、一見楽々と学年でトップの成績を取り(その裏で壮烈な努力をしています)、東大医学部に合格して、この階級社会をドロップアウトします。
 社会に出てからの四人を待ち受けていたより過酷な社会を、作者は、当時のセンセーショナルな事件である東電OL殺人事件(東京電力に努めていた慶應義塾大学出身のエリート女子社員が、渋谷で夜の女をしていて殺されてしまった事件です)をベースに、オウム真理教の事件も加味して、自在にグロテスク(醜くもあり、美しくもあるとしています)に描き出しています。
 ユリコは歳とともに醜く太ってしまい、モデル、高級クラブのホステス、普通のホステス、熟女専門店のホステス、夜の女と変遷を重ねたあげくに、客の中国人に殺されてします。
 和恵は、一流建設会社に入社しますが、総合職(そのころにはそういう言葉はありませんでしたが)の女性社員としての差別や偏見のために、しだいに精神を病み、再び拒食症になってガリガリに痩せるとともに夜の女になって、ユリコと同様に殺されます(同じ犯人が疑われますが、断定はしていません。そのあたりは、現実の東電OL殺人事件の判決が二転三転していたことが影響していると思われます)。
 ミツルは、東大の医学部で自分の限界を知って自分より優秀な男性と結婚しますが、その後母親の影響で夫ともにカルト教団に入信し、大量殺人事件に加担してしまいます(作者がこの事件にはあまり興味がなかったのか、彼女の書き方が一番いい加減です)。
 ユリコの姉はその後も地味に暮らしていましたが、ひょんなことから、ユリコたちと同じ夜の女になります。
 センセーショナルな事件やグロテスクな場面が頻出していますが、作品の根底には、美しさ、学校の成績、家柄、男性への忠実度などの、様々な評価基準で競争させられている現代の若い女性たちの姿をデフォルメしながら描き出し、そのような社会を構築している男性たちを、作者は鋭く糾弾しています。
 なお、舞台になっているQ女子高校は、小学校と中等部と大学が共学で高等部だけが別学であること、父兄が非常に裕福であること、東電OL殺人事件の被害者の出身校などから、どうしても慶應義塾女子高等学校を連想させてしまうのですが、文庫版の解説を書いた文芸評論家の斎藤美奈子のその学校出身の知人によると、書かれているとおりの世界だったそうです。


グロテスク
桐野 夏生
文藝春秋

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