孫文さんの“多摩たまの隠れ部屋”ブログ編

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東芝未来科学館

2018年03月10日 19時01分31秒 | 日本雑感 (日本の話題何でも)
春節帰国中に、東芝未来科学館へ行ってきた。
この場所、以前は東芝の工場があった場所。

東芝の歴史だけでなく、子供が科学を勉強する良い場所になっている。
東芝の各製品が展示されていたので、元同業者として懐かしく見学した。

東芝未来科学館


初期の白黒テレビ
当時の我が家は三菱電機製が多かったが、懐かしかった。




テレビのチューナーのチャンネルが6チャンネルまでしかありません。
我が家のテレビも6チャンネルまでだった。
NHK,NTV,TBSは見れたのだが、フジテレビが開局したらテレビが見れなかった悔しい思い出が残っている。


オープンVTR
この形を見て、今の若者はなんだか分からないだろうなぁ。
昭和40年後半のVTR。 そして、VTRはカセット化の道をたどっていく。
まだベータマックスもVHSもなかった時代のVTRです。
このころ、仕事で3/4インチのカセット式のVTR (Uマチック)をやっていたのを思い出す。


なつかしいパーソナルコンピューター
左がT3100、右がJ-3100。
初期のJ-3100ってこんな無骨だったの? すっかり当時のイメージ忘れていました。
このころ、同じような16ビットのラップトップを担当していたなぁ…
その価格は70万円ほどでした。 (記憶では)


最初の日本語ワードプロセッサー
価格は650万円。作っていたのは青梅工場。
今は青梅工場も時代の流れで跡形もありません。


モールス電信印字機
明治5年(1872年)製推定(複製)とありました。
東芝は明治7年に製造に成功。