ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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「隠し子」報道をめぐる日韓の意識の違い──婚外子の存在を追及され辞職した検察総長の問題を考える

2014-05-09 09:29:22 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 「隠し子」報道というと、日本では大体芸能関係のネタと相場が決まっていて、読む側も「ああ、またか」という感じ。驚きとか、ましてや怒りなんて感情はほとんど起こらないのではないでしょうか? まあ当事者にとってみればいろいろタイヘンでしょうけど・・・。(しょこたん、お察しします・・・なんて言っても、全然気持ちがこもってないな。)
 政治家がらみの場合でも、「浅香光代が大物政治家との間に隠し子」と言っても、昔のことだし多少の興味を持つ人はいても衝撃的でもないし、政界にはなんら影響なし、でしょ?
 第一、今どき隠し子だの婚外子だの未婚の母だの言っても世間一般によくある話で、とくに騒ぎ立てる方がズレるんじゃないの? いや、そこまではいってない?
 では、それが芸能人の話ではなく、たとえば作家、いや、これはフツーにありますね(?)、では政治家とか裁判官とか、著名な文化人だったら?
 たぶん、それでも別にどうってことなさそうかも・・・。

 ところがどっこい(←古い表現か?)、韓国ではどうも違うようなんですね。

 そう思ったのは、昨年9月6日の「朝鮮日報」の特ダネ記事を読んだ時のこと。
 分量はさほど多くはないものの、1面のトップ記事ですよ。

      

 <채동욱 검찰총장 婚外아들 숨겼다>、つまり<蔡東旭(チェ・ドンウク)検察総長、婚外子の息子を隠していた>です。要するに、「隠し子」をネタに検察総長を非難した記事です。(→コチラ。)

 「朝鮮日報」はこの記事を皮切りに、蔡検察総長「隠し子」事件の続報を連日掲載。その男の子(当時11歳)が通っていた初等学校の学籍簿に父親の名が「チェ・ドンウク」と記載されていること等も記事にしました。また、遺伝子検査に応ずるよう促したりもしています。

 下は9月11日「朝鮮日報」の2~3面。どちらの面も、上から3分の2は蔡東旭検察総長関連の記事です。

       

 この時点では、男の子の母親は「10数年前釜山の酒家で客だった検察総長と知り合い、その後ソウルに出て店を開いてからも会った。子供に立派な人間になってほしいと思い、お願いして蔡東旭氏の名前を借りた」と、この時は言っていました。
 また、当の男の子は記事が出る少し前の8月末、アメリカに留学するということで出国しています。

 当初はこの報道を全面否定して訂正報道を要求していた蔡検事総長ですが、法務省が内部監察にかけるとの方針を打ち出すと結局9月13日に辞任を表明し、朴槿恵大統領はねちねちと引き伸ばした末9月27日にこれを受け入れました。(「産経新聞」黒田勝弘記者の関係記事は→コチラ。)

 この「事件」の一番のポイントは、検察総長の道徳性を問うことよりも、政敵の追い落としにあることは誰の目にも明らかでした。
 2012年末の大統領選挙に際し、国家情報院が朴槿恵候補に有利な働きをしたという容疑で厳しく追及してきた検察当局のトップが彼であり、また検察当局と足並みをそろえて国家情報院や朴槿恵政権を批判してきたのが民主党をはじめとする進歩陣営でした。
 つまりは典型的な報復措置で、「隠し子」疑惑はその格好の材料にされてしまったというわけです。もちろん、この報道過程で、政府・与党の保守勢力と、代表的保守紙「朝鮮日報」との間のなんらかの「癒着」も推測されるところです。
 その後の各紙の記事等を追ってみると、「朝鮮日報」の特ダネ報道のすでに約3ヵ月前に、大統領府の職員が当該の男の子の情報をソウル市瑞草区の幹部に照会していたそうです。(参照→12月5日「産経新聞」(共同)。)

 そして一昨日(5月7日)の「聯合ニュース」(→コチラ)によると「前検事総長の隠し子疑惑は「事実」=韓国検察」とのこと。また上述の(元)大統領府の職員は個人情報保護法違反などの罪で在宅起訴となったものの、大統領府が蔡氏を組織的に調査していたとの疑惑については、正当な監察活動だったとして不起訴処分に。

 ・・・と、この「事件」についてとくに政治的側面から経緯をたどってみましたが、このブログ記事の本論は実はこれからなのです。

 なんか私ヌルボ、その「事件」?だか「醜聞」?だかを最初に特ダネとして報じたその記事を読んだ時からなんかイヤ~な感じがまとわりつくようで・・・。
 そんな感じがさらに増幅したようなニュースが3月26日の「朝鮮日報」(日本語版の記事でした。(→コチラ。)
 見出しは<韓国新聞賞に本紙「検事総長婚外子報道」「道誤った権力に勇気ある批判」>です。
 本文を見てみると、
 本紙による昨年の同スクープ報道は「政府と権力に対する厳正かつ勇気ある監視・批判を勇気を持って貫き、メディアの本領を発揮した報道」と評価された。ムン・チャングク韓国新聞賞審査委員長(ソウル大学教授)は「メディアが権力者の逸脱した私生活を報道する際に必要なのは何よりも勇気だ。朝鮮日報編集局はその勇気を示した」と語った。(中略)
 本紙がインタビューしたのは蔡前総長とプライベート面でも付き合いのある法曹界関係者、男児の母親の親族、近所の人々、男児が通っていた学校・塾関係者など約100人に上る。本紙は「学籍簿に男児の父親が蔡前総長だと記載されている」「男児は『お父さんが検事総長になった』とよく言っていた」「女性の親族が蔡前総長のことを『家族だ』と自慢していた」などの証言を得て、確認・検証作業を行った。

 ・・・と、非常に誇らしげに書かれています。
 どうですか? 日本では受賞どころか、報道倫理という点で逆に問題にされるのではないでしょうか?
 <イヤ~な感じ>を自分で分析すると、①道徳的に問題はあるかもしれないが、仕事とは関係ないのでは? ②プライバシーの侵害にはならないのか? ③とくに男の子の身になって考えてみろよ ・・・といったようなことですが、では韓国の読者はこの特ダネ記事をどう読んだのでしょうか?

 その特ダネ記事(→コチラ)には、もう1つ「100자평(字評)」というタグがついていて、それを開くと読者のコメントがいろいろ寄せられています。(→コチラ。)
 それぞれにまた賛成と反対の数が表示されていて、読者の反応のおおよそを知ることができます。この記事に対するコメントの総数は422件もあり、反響の大きさがわかります。
 その中から、私ヌルボの目にとまったものをいくつか紹介します。
 まず、「賛成」が圧倒的に多かったコメントから。

・不倫で子どもを生んだと! チェ・ドンウクの妻は全く知らなかったのでは? それで公職者の非理を糺すとは! 本当に、世も末だ。[賛成41 反対2]  
・悪質なヤツだ! 法を離れて、道徳的に容認されないのに、こんな状態で社会の規律を守る検察総長の座に座るとは、それ自体許されない! 破廉恥で偽善的であり、基本的な形がなっていない者だ! すぐに罷免して、大統領府の人事担当者にも責任を問え! [賛成31 反対1]

 ・・・このような、彼を強く非難するコメントが圧倒的です。
 もちろん、保守紙「朝鮮日報」に見合った読者層ということは念頭に置く必要はありますが・・・。

 次に、「反対」が多かったコメント、つまり少数意見の方を見てみます。
・不適切だが、業務の遂行には支障がなく、プライバシーの侵害の観点からも保護されるべきではないか? フランスのミッテラン大統領に婚外の娘がいても国民は絶対に人間的で、プライバシーの保護を掲げ、マスコミでさえも沈黙する姿は他山の石? 夫人もミッテランの葬儀で婚外の娘の参列は当然だと言ったのはとても人間的ではないか? 文化の違いはありますが・・・。[賛成2 反対32] 
 ※これに対しては、「検察は政治家ではありません。国家公務員の中でも、最もきちんとしていなければならない立場にあるのです」というコメントがありました。
・この重大な政局にあって、なぜか検察総長に食いつく? これでも「朝鮮日報」と言えるか? チェ総長は国家情報院の非理を起訴しただけでも検察の歴史に輝く人です。彼の後をつけた人間でもいたか? 恐ろしい世界だね! 尾行・盗聴・録音記録が主流になる世の中なんだな! (賛成1 反対28)  
・いや~、まだ後進国?? その人の個人的な私生活を取沙汰してなんで騒ぎ立てるのか? [賛成1 反対15]
・叩いて埃の出ない人はいない。世の中で、本当に空を仰ぎ、一点の恥ずることなく人生を送る人がはたして何人いるか? [賛成1 反対12]
(←アラ、こんな所に尹東柱の詩が!(笑))

 こうして見ると、「隠し子」がいることに対する非難の声が多いのは、とくに彼が検事だからということが大きいようですね。

 以前から思っていたことですが、韓国ドラマには検事(や弁護士)がよく登場します。財閥の息子(or娘)、医者の次くらいという多さです。
 検事に対する思い入れが強いのは、もしかして70~80年代の民主化闘争と関係があるのかも・・・。軍事政権と結んで運動を弾圧した代表的な存在だったので、「検察を立て直さなければ、腐敗した政治を変えることができない」という世論が高まったというわけです。(参考→韓寅燮(ハン・インソプ)ソウル大教授「韓国における政治腐敗に対する検察と特別検事の挑戦」)
 私タルボも見て感動した名作ドラマ「砂時計」で、貧しい秀才学生ウソクが検事になったのも正義感ゆえだったな、たしか・・・。
 (それで今そんな進歩系の正義派判事たちが「正義」に則った判決を下して韓国及び日本政府を困らせているというわけ??)
 いずれにしろ、とくに検事については日韓で大きなイメージの差があるようです。
 「検事プリンセス」とか「ヴァンパイア検事」といったドラマは、タイトルからして日本ではちょっと考えられないですよねー。

 とにかく、日頃とくに意識することのなかった日韓間のズレを強く感じた1件でした。
 日本でも、数十年前と今とではこうした問題をめぐる倫理観もかなり変わってきました。韓国もそのうち変わっていくような気もしないではないのですが・・・。(ヌルボの法則によると、韓国は約24年差で日本の後追いをしていることになっているので、という雑駁な根拠。) 
コメント (4)
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