ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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安保恋愛小説と銘打ったイ・ウォンホ「黎明」で読み解く開城工業団地① 10年目の評価は?

2014-09-18 21:29:31 | 韓国の小説・詩・エッセイ
 3月21日の記事(→コチラ)で少し書きましたが、韓国の総合誌「新東亜」で、今年3月号から「려명(黎明)」という小説が連載されています。
 「안보연애소설(安保恋愛小説)」と銘打たれたこの小説は、開城工団を舞台にした韓国人男性社員と北朝鮮女性従業員といういわゆる<南男北女>のラブロマンスです。これを書くために、作者イ・ウォンホ(이원호)は何度も現地に足を運んだそうです。
 あ、タイトルの「黎明」が여명(ヨミョン)でなく려명(リョミョン)になっているのも北朝鮮風ですね。

 私ヌルボ、当初はこの小説を横浜市立図書館にある「新東亜」で読んでいましたが、その後「新東亜」のサイトで最新号でなければ無料で全文読めることを知りました。
 第一章は→コチラです。


【「新東亜」のサイト中の連載小説「黎明」の冒頭部分。】

 開城工団で生産が始まったのは2004年末ですから、今年で10年目になります。
 2000年に鄭周永現代グループ会長が平壌を訪問した際その計画が明らかにされ、同年金正日総書記と金大中大統領との間の南北首脳会談で合意をみたもので、つまりは太陽政策の象徴的産物です。
 以後、たとえば昨年(2013年)4~9月の操業停止のようなトラブルもありましたが、その後操業再開となり、現在も125の韓国企業と、コンビニエンスストア・銀行など87の営業店が進出が進出し、約5万2千人の北朝鮮労働者と、千人近い韓国人が働いています。

 開城工団の評価については、韓国側の観点で見ると次のような肯定的評価と否定的評価があげられています。

≪肯定的評価≫
 ①両国の平和のシンボルであり、南北どちらにとってもプラスとなる。
 ②低廉な労働力が利用できる。
 ③「北」の人々が資本主義のシステムや物の考え方を知ることとなり、閉鎖的な「北」の体制を開放に向かわせる契機ともなり得る。


 ≪否定的評価≫
 ①北の独裁政権の収入源となり、政権を延命させ、統一を遅らせる。
 ②南北間の対立が高まると昨年のような操業停止となる等、常に不安な状況にある。
 ③軍事的な危機の場合、開城工団で働く韓国人たち(千人弱)が「北」の人質となる。
 ④人件費は安くても必ずしもそれが収益に直結しない。(赤字の企業が多い。サムスン等の有力企業はそれがわかっているから参入していない。)
 ⑤給料が直接「北」の労働者に支払われないので彼らの実際の受取額は不明で、労働者の人権について国際的にも問題とされたりしている。
 ⑥開城工団の製品が「韓国製」として輸出されることに対する非難がある。(国により異なる。)
 ⑦韓国側従業員は現地で北朝鮮の宣伝・情報に100%さらされている。


 参考:
 (1)2014年7月22日の「中央日報」のコラム(→コチラ.日本語)では、開城工団を訪問したドイツのコシュク下院議員の言葉を紹介している。南北の若い男女が同じ場所で一緒に働く場面を実際に見て、高度に産業化された韓国社会との直接的な接触が北朝鮮の労働者に革命的な変化を与えるということを確信したというのである。このコラムは末尾で次のようにコメントしている。
 韓国では、コシュク議員のように開城工業団地をそれほど大変な学習の場だと感じている人は多くないようだ。<いつもつまずく南北関係の上に不安定に存在するもう一つの実存>という程度だろう。とはいえ、南北合作の経済特区である開城工業団地は、緊張緩和と統一、そして未来のための投資の象徴として慎重に定着しつつある段階といえる。
 (2)韓国ウィキペディア(→コチラ)によると、北朝鮮は開城工団から年間8000万ドルの収入を得ているが、その額は中国との鉱物取引で稼いだお金16億ドルの20分の1である。
 (3)北朝鮮労働者の最低賃金は今年5月分から5%引き上げられ、約70ドルとなった。超過勤務手当、保険料、福利厚生費等を合わせ、平均130~170ドルが支給されているという。しかし賃金は北朝鮮当局に一括して支払われ、各従業員がいくら受け取るかは不明な上、ドルではなくウォンで支払われるため。今年3月「朝鮮日報」に「米国人研究者「開城工団労働者の給与、実質賃金は2ドル」」という記事(→コチラ)が掲載され、論議をよんだことがあった。(いろいろ勘案すると、北朝鮮の従業員は他の北朝鮮の職場と比べて良い条件に満足しているようだし、北朝鮮当局もかなりの部分をピンハネして儲けているのではないか?)

 北朝鮮の政権に批判的な人たちの間でも、何を重視するかによって評価が分かれているようです。(→参考記事。) 親北朝鮮の進歩陣営の側でも称揚一色というわけでもなさそうです。
 ヌルボ自身の評価としては、正直なところよくわからず。やや疑念の方が強いかも。
 「北」の政権自体が派遣会社、悪くいえば手配師となって自国民を(シベリア等と同様に)送り込み、給料の大半をピンハネしているというイメージがつくまとうからです。韓国の資本家と北朝鮮の独裁政権が手を結んでいる感じ。
 ただ、これが北朝鮮社会を良い方向に導く方向に作用していればいいのですが、そこらへんが見えてきません。

 開城は38度線の南で、光復(日本の敗戦)後は南側だったのが、朝鮮戦争後は休戦ラインの北に組み込まれました。そして開城工団地は非武装地帯の北方限界線からわずか1㎞、ソウルからは約60㎞。車だと約1時間の近さです。



 しかし、そんな近い所でこれだけ多い韓国と北朝鮮の人たちが共に働いているのに、その実態を伝える資料をほとんど見たことがありません。
 韓国の進歩陣営も保守陣営もそれぞれ「弱点」を認識しているからか? またこの小説中にありましたが、開城工団内の話は外に知られていないのは「北朝鮮側から不利益を受けることを恐れて、韓国企業が徹底的に口封じをしてきたから」なのか?
 いずれにしろ、実態がわからないままで評価は下すことはできないというのがヌルボの見解です。

 で、この小説。(だんだん本論へ・・・。)
 イ・ウォンホという作家はナムウィキ(→コチラ)によれば、「あまり知名度は高くないが、出版界ではダークホースでけっこう稼いでいる。いわば在野の李文烈(!)といったところだが、文学性はない」とあります。読んでみるとナルホド(笑)です。
 たしかに大衆小説らしいテンポのいい文章で、スイスイ読めます。およそ文学的感興といったものは皆無(笑)。ま、当方の目的は開城工団の実態を知ることだから、それはどうでもいいんですけどね。

 で、肝心の内容。今まで3~9月号の7回分で、まだ完結していませんが、その展開の速いこと!
 3月号(第1章)では開城転任を命じられた主人公の身辺状況の描写で、やっとラストの場面で開城工団入りするのですが、その後はあれよあれよといった感じで、いつの間にか副主人公の北朝鮮女性(主人公直属の部下)が脱北(!)するところまでいっちゃってるんだから・・・。
 そんなわけで、どこまでリアリティがある小説なのか疑わしい点もありますが、続きでは注目したところを具体的に書きます。