愚かな戦争の愚かな死
こんにちは。 デンマンですよ。
なんだか物騒で滑稽なタイトルをつけました。
うへへへへ。。。
今どき、日本で戦争の話題を取り上げても、
マジに読んでくれる人なんて居ないですよね。
あなたは、多分、よっぽど暇を
もてあましているのかもしれませんよね。
うしししし。。。
イヤ、失礼いたしましたぁ~。
あなたが、僕の記事を毎回読んでいるならば、
本当に失礼な事を言ってしまったことになります。
僕は、日本の平均的なミーちゃんハーちゃんの事を
言っているのですよ。
あなたのように、いつも僕の記事を読みに来る人は、
日本では、とくに教養があって、
知的な国際人なんですよ。
僕が保証しますよゥ。
うへへへへ。。。
ところで、あなたは、この『地獄の黙示録』という映画を見ましたか?
1979年にフランシス・フォード・コッポラ監督がベトナム戦争を舞台にして作った映画です。
ジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥』をもとにして作ったのですよ。
日本での公開は1980年2月でした。
公開直後から批評家に、いろいろと言われた映画です。
「ストーリーがあるようでない」
「戦争の狂気を上手く演出できている」
「前半は満点だが後半は0点」
かなり意見が分かれていました。
製作発表時、ベトナム戦争を批判的に題材とした初の映画として物議をかもしたものです。
撮影は17週間の予定が61週間(1976年3月~1977年5月)にも延びました。
編集に2年も時間がかかっています。
この映画の後から制作が始まり、同様にベトナム戦争を題材にした『ディア・ハンター』の方が先に公開されています。
しかし、この『地獄の黙示録』は1979年のカンヌ国際映画祭で未完成のまま出品され、グランプリを獲得しました。
一般に公開されたのは1979年8月からです。
映画としての質は別にして、批評家たちの多くは泥沼のベトナム戦争がアメリカ市民に与えた心の闇を、衝撃的な映像として残した怪作である、と言っていました。
撮影ロケは、フィリピンのジャングルでおこなわれました。
アメリカ軍の協力が得られなかったため、映画に登場するF-5戦闘機やUH-1ヘリコプターは全てフィリピン軍の協力に頼ったのですよ。
当時、フィリピンは共産ゲリラとの内戦や南部イスラム教住民の反乱に直面しており、これらへの実戦出動によってヘリコプターシーン撮影のスケジュールが乱れる事もしばしばあったそうです。
途中、台風によりセットが全て崩壊する事故が起こったこともスケジュールに影響しました。
キャスティング面でもトラブルが多かったのですね。
撮影開始二週間で、ハーヴェイ・カイテルがやめてしまったのです。
代わりにマーティン・シーンがカイテルの役を引き継いだのです。
主演のマーロン・ブランドは極度に肥満していたために撮影方法も変更しなければならなかったそうです。
ブランドは、かなり我侭を押し通したという事が伝えられています。
ブランドがデニス・ホッパーとセットで共演する事を拒否したのもその一つの現れでした。
また、監督のコッポラと、主演のマーティン・シーンが過労で倒れ、
マーティン・シーンに至っては一時、生死の境をさまようほどの状態となってしまったのです。
トラブルはさらに続き、報道写真家役のデニス・ホッパーは麻薬中毒でセリフが覚えられず、
事あるごとにコッポラと衝突したそうです。
このようなボロボロの状態のため、
脚本も当初ジョン・ミリアスが構成したものとは大きく異なるものとなり、
あとで、ミリアスが不快感を表明するようになりました。
1991年11月には『地獄の黙示録』撮影中の映像を中心に、コッポラの奥さんのエレノア・コッポラが撮った舞台裏の映像や、出演者へのインタビューなどを交えたドキュメンタリー映画『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』(原題:Hearts of Darkness: A Filmmaker's Apocalypse)が公開されました。
当時の製作現場がいかに「戦場」のようであったかがうかがえる記録映画となっています。
悪条件が重なったため、『地獄の黙示録』は、とてつもない費用が投じられることとなったのです。
最初の予算は1200万ドル(当時の日本円で約35億円)だったのですが、
実際にかかったのは3100万ドル(約90億円)になりました。
そのうち、1600万ドル(約46億円)はユナイテッド・アーティスツ社が全米配給権と引きかえに出資しましたが、残りはこの映画を自分の思いのままに作りたかったコッポラが自分で出しました。
資金の一部は(日本の配給元でもある)日本ヘラルドから支援されたとも言われています。
コッポラ監督は『地獄の黙示録』の制作初期段階から、音楽をシンセサイザーの第一人者である冨田勲に要請していましたが、契約の関係で実現には至りませんでした。
結局、監督の父親であるカーマイン・コッポラが音楽を担当しました。
監督の奥さんの回想録によると、コッポラ監督は撮影の合間、しばしば三島由紀夫の『豊饒の海』を手に取り、本作品の構想を膨らませたそうです。
三島と同じく現代文明に疑問を抱き、
もはや中年といえる38歳の年齢で特殊戦部隊に志願するカーツ大佐の造形、
作品の各所にちりばめられた神話的な隠喩(メタファー)や世界観、
作品の最後で示される東洋的なニヒリズムは、
三島由紀夫の思想を反映している、と言う批評家も居ます。
あらすじは次の通りです。
ネタバレがありますので念のため。。。
ベトナム戦争末期、メコン・デルタでCIAによる要人暗殺の秘密作戦に従事していた特殊部隊員のウィラード大尉は、突如、軍上層部に呼び出されカーツ大佐暗殺の密命を受けます。
カーツ大佐は軍の指令を無視して暴走し、カンボジアのジャングルの中に王国を築いていたのです。
ウィラードと部下は、海軍のパトロール・ボートでジャングルの大河をさかのぼってゆきます。
その途中で戦争の狂気を目の当たりにします。
王国にたどり着いたウィラードは捕らえられてしまいますが、最後にカーツ大佐を暗殺するのに成功します。
スタートシーンは、ベトナム戦争を象徴する兵器のナパーム弾で全てを焼き払う映像シーンが、あなたの目を釘付けにします。
ドアーズの"The End"がバックグラウンドに流れます。
このスタートシーンを巡って、さまざまな解釈が公開当時から行われていました。
キルゴア中佐率いる部隊がワーグナーの『ワルキューレの騎行』を鳴らしながら、9機のUH-1を中心とする戦闘ヘリで敵の拠点村を攻撃していくシーンなど、さまざまな意味で話題となったものです。
また、キルゴア中佐の台詞にある「朝のナパーム弾は格別だ。」
( I love the smell of napalm in the morning.)
この台詞は、アメリカ映画協会による名セリフ・ベスト12位に選ばれています。
要所、要所にベトナム戦争批判がみられます。
たとえば、サーフィンをするために村を焼き払う指揮官(キルゴア中佐)が登場します。
一方、多くの戦闘の場所に指揮官たちがおらず、ベトナム戦争のいい加減さを強調しています。
なお、エピソードの一つにカーツらが民生活動の一環として予防接種を行なった子供達の腕を、ベトコン達が切断して村の中心部に積み上げる、というものがありました。
このエピソードは「事実無根」としてベトナム政府から抗議された経緯があります。
結局修正されませんでした。
この映画の原案『闇の奥』の舞台となったコンゴ川一帯は、
同作品が発表された当時、コンゴ自由国と呼ばれるベルギー王レオポルド2世の私有国家となっていました。
原住民への搾取政策が国際問題となっていたのです。
この搾取政策の一端を語るエピソードとして、ゴム採取のノルマを達成できなかった原住民労働者の片腕を容赦なく切断したという記録があります。
この話が物語に組み込まれたものと考えられています。
SOURCE: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
戦争の悲惨さと滑稽さ・愚劣さを描いた映画
僕自身は『地獄の黙示録』をこのように見ています。
あの戦争で死んだとしたら、一体何のために死ぬのか?意味がないじゃないか!
僕は見終わった後で、しみじみとそう感じたものです。
悲惨さも印象に強く残っていますが、戦争の滑稽さ、愚劣さがこの映画ほど印象的に描かれているのを他で見たことがありません。
内容はともかく、僕は映画として『地獄の黙示録』は素晴しい映画だと思いましたね。
とにかく観客を飽きさせない!
僕は初めから最後まで全く吸い込まれるようにして観ていたものです。
つまらない、と思う暇がありませんでした。
僕が印象深く覚えているシーンはいくつかありますが、
その中で呆れたと言うか、ヴェトナム戦争の愚劣さを端的に見せられたのは
プレーボーイのプレーメイトがベトナム戦争をやっている兵士を慰問するためにやってくるシーンです。
何と、ヘリコプターに乗って舞台に登場するのですよ。
サイケデリックな明かりが舞台を照らしている所に、
ヘビーメタリック・サウンドと共にヘリコプターが飛んでくるのですよ。
裸とさして変わりないプレーメイトが二人、ヘリから降り立ちます。
もう、熱狂的な歓声が渦を巻きます。
やがて、盛んに腰を振りながらプレーメイトが歌い始めるのですよ。
兵隊たちは、このセクシーな二人の女に熱狂します。
ところが、そのうちに我先にと舞台に上がり始める兵隊が出てくる。
そうなると、誰もが争うように舞台に上がり始めます。
ボディーガードの兵隊も居ますが、
何十人、何百人と押し寄せてきたら全く手のつけようがありません。
それで、コンサートは途中で中止です。
熱狂した兵隊たちからプレーメイトの身を守るために、
ボディーガードは二人をすぐにヘリコプターに乗せます。
パイロットは緊急離陸するのですが、
ヘリコプターの足に取り付いて離れようとしない熱狂した兵隊が出てくる。
しかし、ヘリコプターは離陸します。
止せばいいのに、ヘリコプターに取り付いた兵隊の足に取り付く愚か者まで出てきます。
まるで鈴なりにヘリコプターから人間の紐がぶる下がっている状態になるんですよ。
もちろん、人間の腕の力には限界があるから、
一人二人と落ちてゆきます。