思い出のフライ
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Subj:3月29日 行田旅行
Date: 28/03/2008 8:27:18 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 3月29日 午後0時27分
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com
突然 ゼリーフライが食べたくて、
行田に行ってきました。
「かどや」 で食べると決めてたのに
行ったら 休みで、
どうしよう と思っても
お店の紹介してあったパンフをわすれました。
おろおろ しながら 大長寺の橋をわたり、人に尋ねて
商工会センターの建物を見つけて
パンフをもらい かねつき堂 という店を 探すのですが
これがまた 見つからず子供達もあきれ顔。
ちょっと 見つけずらかった
行田のフライ、ゼリーフライ、やきそば 全部食べました。
う~ん、 「かどや」 とはちょっと 違います。
コロモのないコロッケと紙にかいてあって
中はコロッケのようでしたよ、
「かどや」のは 葛粉みたいと表現したけど。
分厚くて口に入れた時、たこ焼きのかつおぶし
が香って、ふりかけてはいません。
きっと ソースにだしが入っていたと思います。
また 違う味のゼリーフライでしたよ。
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行田のフライはしょう油味で焼いてもらい、
ねぎがはいっていて、子供達はしょう油味だったので
もち と言ってました。
やきそばも 違い、色濃くしっかり味がついてます。
伊勢崎のほうに 黒やきそばといって 麺も黒くソースも濃く
いかすみのように 黒いやきそば があるそうですが・・・
次男坊は部活で一緒に行けなかったので、おみやげにして
夜 食べさせました。 おみやげ 6個
行田は南だから 桜が咲いてると思ったら、もう少しですね。
長男の好きな本屋に寄って、忍城の横を走り「今度 歩こうね」と。
子供達 覚えててくれるかな?
実家で次男坊と夕方待ち合わせだったので、
そんな遅くまでいられず、あっと言う間の行田旅行でした。
小百合より
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Subj:今日の小百合物語は
題して『思い出を食べる』でした。
読んでみてね。
ヽ(´ー`)ノキャハハハ。。。
Date: 28/03/2008 10:32:22 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間 3月29日午後2時32分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp
> 突然 ゼリーフライが食べたくて、
> 行田に行ってきました。
> 「かどや」 で食べると決めてたのに
> 行ったら 休みで、
> どうしよう と思っても
> お店の紹介してあったパンフをわすれました。
地元の人はうまい店を知っているものですよ。
僕のお袋も知っているはずですよ。
電話して尋ねてみたらよかったですね。
僕の弟もうまいフライ屋で買ってくる事がありますよ。
> おろおろ しながら 大長寺の橋をわたり、
> 人に尋ねて商工会センターの建物を見つけて
> パンフをもらい かねつき堂
> という店を 探すのですが
> これがまた 見つからず子供達もあきれ顔。
> ちょっと 見つけずらかった
行田の町は、もともとが城下町ですからね、
道が分かりにくいように作られているのですよ。
つまり、攻め込まれて来た時に敵が道に迷うようにできていた。
明治の頃から市内の道路は、ほとんどが昔のままですよ。
舗装されたけれど、道筋(みちすじ)は昔のままのところが多いのです。
行田のフライ屋もゼリーフライ屋も、ほとんどが市内にありますからね、
本町や新町(あらまち)通りから一歩入ると、僕でも、どこだか分からなくなってしまう事がありますよ。
どうして碁盤の目のようにしないのか不思議でなりません。
2006年、帰省した時にもネットカフェの『みるみる』をつかったのですよ。
たいてい自転車で産業道路を通って『みるみる』へゆくのですが、
いつも同じ道では退屈するので、JRの行田駅から市内に向かう広い道路を使ってみたのですよ。
初めてその道路を使った。
僕が子供の頃には無かった道です。
欧米の都市のように新しい道路を碁盤の目のように造ればいいのですよ。
ところが、そうなっていないのですよね。
4車線もある道路なのに、弓なりに曲がったりしている。
夜だった事もあって、すっかり道に迷ってしまいました。
道路が妙に曲がっているので、走っているうちに方向感覚が全くなくなってしまったのですよ。
30分も自転車をこげば帰れるのに2時間以上もかかって、やっと実家にたどり着いたのですよ。
アメリカでもカナダでも北か南か東か西か走っている方向はまず間違いなく分かる。
道路標識もちゃんとしているし、どのような道にもストリート名がある。
だから、道に迷っても、教えやすいし、言われても分かりやすい。
“何ブロック行って西に曲がれば、○○○ストリートに出られる”
ところが、行田はそうではないのですよね。新しい道路なのに、
全く計画性が無く造られていて、
“この道を○○店まで行って右に曲がって。。。”
こういう教え方をする。
しかし、夜だから、店は閉まっていて分からない。
意外に街灯が少ないのですよね。
ほぼ真っ暗です。
急に外国に来たような気分になってしまいましたよ。うへへへへ。。。
生まれ育った町で迷子になろうとは夢にも思っていませんでした。
それほど、道路が無計画に作られている!
> 行田のフライ、ゼリーフライ、やきそば
> 全部食べました。
執念で食べまくった感じですねぇ~~!
\(@_@)/ キャハハハ。。。
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> う~ん、 「かどや」 とはちょっと 違います。
> コロモのないコロッケと紙にかいてあって
> 中はコロッケのようでしたよ、
> 「かどや」のは 葛粉みたいと表現
> したけど。
店によって違うのでしょうね。
個性を出しているのですよう。
\(^_^)/ うしししし。。。
> 分厚くて口に入れた時、たこ焼きのかつおぶし
> が香って、ふりかけてはいません。
> きっと ソースにだしが入っていたと思います。
> また 違う味のゼリーフライでしたよ。
な~♪~んか、うまそうですねえ~♪~
鰹節は誰でも好きですからね。
たこ焼き食べたくなった!
\(^Д^)/ギャハハハハ。。。。
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> 行田のフライはしょう油味で焼いてもらい、
> ねぎがはいっていて、
> 子供達はしょう油味だったので
> もち と言ってました。
もち米を使っていたんじゃないのォ~
うしししし。。。
> やきそばも 違い、色濃くしっかり味がついてます。
> 伊勢崎のほうに 黒やきそばといって
> 麺も黒くソースも濃く
> いかすみのように 黒いやきそば
> があるそうですが・・・
うん、うん、うん。。。それもうまそうですねぇ~。
\(^-^)/
> 次男坊は部活で一緒に行けなかったので、
> おみやげにして 夜 食べさせました。
> おみやげ 6個
> 行田は南だから 桜が咲いてると思ったら、
> もう少しですね。
そう言えば、桜が咲くのは、いつの年でも4月になってからでしたよ。
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> 長男の好きな本屋に寄って、
> 忍城の横を走り「今度 歩こうね」と。
> 子供達 覚えててくれるかな?
あの忍城も僕の子供の頃には無かったのですよ。
15年前ごろ造ったのですよ。
あそこは野球ができるグラウンドになっていたところです。
> 実家で次男坊と夕方待ち合わせだったので、
> そんな遅くまでいられず、
> あっと言う間の行田旅行でした。
行田のフライ、ゼリーフライ、やきそば。
どれも、とりわけ旨い物じゃないですよね。
まさに“思い出”を食べに行った小旅行だったのでしょう。
あの、東京と横浜に小百合さんが行った時のグルメ旅行と比べると、
ささやかな行田の“フライ旅行”のようでしたね。
ところで、今日の『小百合物語』では、あの豪華な東京横浜のグルメ旅行のメールをまた使いましたよ。
読んでみてください。
■ 『思い出を食べる (2008年3月29日)』
話題は、グルメから、向田邦子さんが脚本を書いた『時間ですよ』 と 『寺内貫太郎一家』 になりました。
このテレビ番組を小百合さんは覚えているでしょうか?
おそらく小学校に上がる頃のテレビ番組でしょうね。
“水色の恋” を聞いたことがありますか?
覚えているかなア?
でも、小百合さんは早熟な女の子だったから、まず間違いなく覚えていると思いますよ。
いづれにしても、小百合さんが懐かしく思い出せるように “水色の恋 天地真理” のページを作りました。
覗いてみてください。
■ 『水色の恋 天地真理 と YouTube動画』
まだ寒い日もあるでしょう。
気を緩めないようにね。
“風邪の子”の小百合さんは風邪をひき易いですから。
では。。。
デンマンでした。
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Subj:3月30日(日)
私は小学生でしたよ。
Date: 29/03/2008 5:42:13 PM
Pacific Daylight Time
日本時間: 3月30日午前9時42分
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com
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天地 真理ちゃんは
昔テレビでいくつかシリーズがあって見てました。
お姉さんって感じで 私は小学生でしたよ。
結構 デンマンさんの年代の人が熱烈だったのでは?
自転車で迷子になって 2時間も巡り
夜になって途方(とほう)にくれるデンマンさん
これ笑えます
本人は必死でしょうが
うふふふふ。。。
アッ 失礼
小百合でした。
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Subj:真理ちゃんに熱をあげている
ミーハーを僕は馬鹿にしていましたよう。
\(^_^)/キャハハハ。。。
Date: 29/03/2008 6:19:26 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 3月30日 午前10時19分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp
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> 天地真理ちゃんは昔テレビで
> いくつかシリーズがあって見てました。
> お姉さんって感じで
> 私は小学生でしたよ。
でしょうね。とにかくアイドルでしたからね。
> 結構 デンマンさんの年代の人が
> 熱烈だったのでは?
そうですよ。そうですよ。
僕もファンでしたよ。
真理ちゃんは、かわゆいですよね!?
でも、ミーちゃんハーちゃんのアイドルだと
表面上は天地真理に熱をあげているミーハーを僕は馬鹿にしていましたよう。
そういう所が僕は素直ではなかったのですよね!
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マリリン・モンローに熱を上げる方が、まだ高尚だと思っていた頃でした。
\(^_^)/キャハハハ。。。
> 自転車で迷子になって 2時間も巡り
> 夜になって途方(とほう)にくれるデンマンさん
> これ笑えます
> 本人は必死でしょうが
> うふふふふ。。。
> アッ 失礼
そうですよね。
必ず実家に帰れるとは思いましたが、
とにかく夜の8時になっていましたからね。
市内じゃなくて田んぼ道の方へ行ってしまった時には
朝まで待たねばならないのだろうか?
本当に狐に化かされたような気分になったものですよ。
生まれ育った土地で迷子になるのですからね。
しかも、JPの行田駅なんて僕が子供の頃は無かった。
行田市は確かに僕の生まれ育った土地だけれど、
JRの行田駅の付近は、全く僕の知らない土地です。
僕が子供の頃は田んぼと水田だけだったでしょう。
そこに、町ができてしまった。
道路は無計画に作られて碁盤の目になっていない。
ちょっと外れると田んぼになってしまう。
全く方向感覚が無くなって、どこに居るのか見当もつかなくなってしまいましたよ。
人影は無くなり、あたりは真っ暗ですからね。
街灯もないし、店の看板も消えて見えない。
それ程寒くなかったから、野宿してもいいけれど、
生まれ故郷で野宿は笑い話ですよね。
うしししし。。。
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それで、小百合さんも書いていたけれど、忍城。
「忍城に行くのはどう行ったらいいのか?教えて欲しい」
そう尋ねたものですよ。
忍城なら、行田市民の誰でも知っていますからね。
もちろん、僕が子供の頃には忍城も無かったのだけれど。。。
人影が見えると、その人に近づいて、そう聞きながら忍城を目指して自転車をこいでゆきましたよ。
実家にたどり着いても、馬鹿馬鹿しいので迷子になったとは言えませんでした。
うへへへへ。。。
では。。。
by デンマン