海に住む山、蟹が満ちる・・・やっぱり何かおかしい、気になるお寺の名です。
『海住山寺(かいじゅうせんじ)』・『蟹満寺(かにまんじ)』
それほど距離も離れてない両寺、木津川市の古刹です。
海住山寺の創建は定かではないが、奈良時代、天平7年(735年)とされている。
ここ木津川市加茂町は、天平12年に平城京から遷都された恭仁京(くにきょう)が
置かれたところでもあります。
恭仁京は3年あまりで難波京に遷都、その年の内に平城京に戻ってます。
遷都したのは聖武天皇、引っ越し好きだったのかな?
お寺の上の方へ昇って行くと、みかの原を眺望できます。
これがこの寺の名前の所以、霞むみかの原に山並みが島のように浮かんで見え、
南海にあるという観音浄土を連想させたようです。
鎌倉時代に建立された 国宝の五重の塔。
それほど大きなものではありません。屋外にある木造五重塔で
国宝・重要文化財に指定されているものとしては、日本で二番目に小さい。
(一番は室生寺の五重塔)
ここにも 秋の足音が・・・
さて、カニの方ですが、
今、本堂を改築中。周りも何やら工事中・・・
ホントに蟹やった。
ここの創建時代は不明だったようですが、発掘調査で飛鳥時代だとか!
名前の由来は、今昔物語集等に記載がある「蟹の恩返し」を
伝承されてるのだそうです。どんな話やったっけ?
こんな話だそうです『蟹の恩返し』
『海住山寺(かいじゅうせんじ)』・『蟹満寺(かにまんじ)』
それほど距離も離れてない両寺、木津川市の古刹です。
海住山寺の創建は定かではないが、奈良時代、天平7年(735年)とされている。
ここ木津川市加茂町は、天平12年に平城京から遷都された恭仁京(くにきょう)が
置かれたところでもあります。
恭仁京は3年あまりで難波京に遷都、その年の内に平城京に戻ってます。
遷都したのは聖武天皇、引っ越し好きだったのかな?
お寺の上の方へ昇って行くと、みかの原を眺望できます。
これがこの寺の名前の所以、霞むみかの原に山並みが島のように浮かんで見え、
南海にあるという観音浄土を連想させたようです。
鎌倉時代に建立された 国宝の五重の塔。
それほど大きなものではありません。屋外にある木造五重塔で
国宝・重要文化財に指定されているものとしては、日本で二番目に小さい。
(一番は室生寺の五重塔)
ここにも 秋の足音が・・・
さて、カニの方ですが、
今、本堂を改築中。周りも何やら工事中・・・
ホントに蟹やった。
ここの創建時代は不明だったようですが、発掘調査で飛鳥時代だとか!
名前の由来は、今昔物語集等に記載がある「蟹の恩返し」を
伝承されてるのだそうです。どんな話やったっけ?
こんな話だそうです『蟹の恩返し』