カッパのロードスター

幌を開ければFeelin`good。カッパーレッドの
路渡☆くんとの楽しいドライブ日誌。

京都御苑、九條池のほとり。

2014-03-21 21:24:28 | 京都徘徊記
今では国民公園として終日開放されている京都御苑ですが、江戸時代までは
御所の周囲に200もの公家屋敷が建ち並ぶ公家町を形成していました。
その名残が今でもいくつか残されていますが、そのひとつ九條邸跡です。



現存する建物は「拾翠亭(しゅうすいてい)」のみで、その前には
勾玉(まがたま)をかたちどった勾玉池(九條池)があります。


ゆるキャラ着ぐるみではありません。花粉症完全防備の河童家内♪(^_^ゞ


「九條池」


九條池にかかる「高倉橋」 (上)拾翠亭、(下)厳島神社が見えます。
この高倉橋の橋脚は、旧三条・五条大橋のものを再利用したものだそうです。




「拾翠亭」、高級料亭にでも入る気分ですね。いつでも入れる訳ではないです。
一般参観日は毎週金・土曜日 (12月28日~2月末日は参観休止)、
葵祭・時代祭・京都御所一般公開日。参観時間は9:30~15:30。
参観料100円は良心的?最後まで粘ってたので追い出されましたが。(^_^ゞ




五摂家のひとつであった九條家の別邸として、主に茶会や歌会などに
使われていたようです。






江戸後期に建てられたものだそうですが、なかなか趣があります。
「拾翠」の名はその昔、貴族たちが春の野辺に出て草花を摘んで(拾って)
楽しんだ慣わしに因んで。「翠」はこの池によく飛来する翡翠(カワセミ)
からつけられたとか。今でも時々カワセミの姿を見ることがあるようです。




二階への階段は、やはり狭くて急。昔は手すりなんて無かっただろうし、
それに着物ですよね。現代人より運動神経があったのかな・・・



二階は二間半四方のゆったりとした座敷、北・東・南の三方には縁高欄が
めぐらされており、見晴らしがよいです。

この写真では分りませんが、障子の貼り方にも趣向が凝らされており、
継ぎ目を故意にずらした「石垣貼り」というものでした。
飾り桟には、トップ写真のように丁子文様の透かし彫りが施されています。
一見、家紋かと思いましたが、九條家は藤原鎌足を遠祖とする藤原北家の流れ
家紋は九條藤といわれるものです。鬼瓦にその家紋が見られます。
この透かし彫り、パンフレットには「丁子七宝」とだけ書かれていますが、
丁子(ちょうじ)と言えば香辛料のクローブのこと。当時、高貴薬で香料で
あることから、茶道では七宝のひとつになっており、貴族の間では好まれた
文様のようです。藤原氏流や諸氏の家紋にも使われています。





一階広間の東側には九條池に向かって開放されている広い縁があります。



北側に四阿(あずまや)が見えるので、行ってみましょう。





苔むした庭を抜けて行くと





四阿の前は藤棚になっています。藤が咲く時期には風情があるでしょうね。





さて、九條池の畔にはもうひとつ、厳島神社があります。
厳島神社といえば、広島安芸の宮島にある厳島神社が有名ですが、
京都御苑の九條邸跡の中にもあったのですね。





平清盛が、崇敬する安芸の厳島大神を摂津国築島(現在の兵庫県神戸市)に
一社を設け勧請。後に、清盛の母といわれる祇園女御(ぎおんのにょご)を
合祀したもので、それが後世この地に移転され九條家の鎮守社となりました。
九條家が東下された後もこの地にあり、お池の弁天さんと呼ばれています。



平清盛建立とされている唐破風鳥居は重要美術品で、京都三珍鳥居のひとつ。
あとのふたつは、北野天満宮の境内末社である伴氏社(ともうじしゃ)の鳥居、
蚕ノ社(かいこのやしろ)、木嶋神社(このしまじんじゃ)の三柱鳥居です。

御所も飽きないですね、いろいろ見どころがあって・・・(^_-)v




2014.3/8、拾翠亭にて。