☆想定外の電話
昨日、ムギが帰ってきた。
夕方、会社にいたぼくのケータイに病院から電話がかかってきた。
早ければ金曜日、たぶん土曜あたりに退院の予定を知らせる電話が家のほうにかかってくるだろうと踏んでいただけに、想定したより早い電話に不安がよぎった。
まして、ぼくの携帯電話の番号は、手術に先立ち「緊急用」に病院へ登録したものだ。
一瞬、緊張する。ムギに異変が起こったのではないかと……。呼吸(いき)を止めて電話の向こうの次の言葉を待つ。
「ご自宅にお電話をしたのですが、奥様がお留守なのでこちらへかけさせていただきました。ムギちゃん、調子がいいので今日退院できますが……」
「え、退院ですか? 今日?」
面喰ってぼくは訊き返した。
「はい。8時までにお迎えできますか?」
家に戻り、クルマを出して……。チラッと時計を見て所要時間をとっさに計算する。
すぐに会社を出れば間に合う。
「は、はい。大丈夫です。できるだけ早くうかがいますから」
たたみかけるようにして答えた。
☆冷静なはずだったのに
やりかけの仕事をUSBメモリーにバックアップしながら机の上を手早く整理し、手帳や携帯電話などこまごました私物は片っぱしからカバンに放り込む。今日中に目を通しておきたかった案件がいくつか残っているけど、まあ、明日でいいだろうと自分で妥協しながら……。
バックアップの終わったパソコンの電源を切り、上着をはおってカバンに手をかけた。 スタッフの一人から「お出かけですか?」と訊かれた。
「いや、今日は急用ができたから帰るよ。もう5時半過ぎてるし……」
「え? お帰りになるのはかまいませんが、まだ5時前ですよ」
1時間勘違いしていた。自分では冷静だと思っていたが、それだけ気もそぞろになっていたということだ。
ちょっと体裁わるかった。