今日は午後から東京思風塾に参加しています。ちょっと文章ばかりで長いですけれど、よろしかったら読んでくださいね。
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統合的集約の論理 (多数決原理を超えて)
近代から新しい時代 (脱近代)
外的要因 西洋の時代から東洋の時代
精神的要因 理性の時代から感性の時代
最大多数最大幸福の原理
封建主義の時代から脱却して民主主義を実現するためには多数決原理は有効だった。がしかし、歴史哲学的に見れば、『時代を造る原理は時代を滅ぼす原理になる。』
多数決原理とは『量』で決まる。しかし現代は、あらゆるものが『量』から『質』へ転換されている。
ではどうしたらよいか。
画一化による統一の時代は終わりに近づいている。
『ピンクレディーシンドローム???』
ミーちゃんとケイちゃんを合わせたらユッフォーになっちゃって、100万枚売っちゃうんだ。これが有機的統合。
発展的解消の論理
違う価値観の人の何かを自分に取り入れて、自分を成長発展させることによって問題が解消されること。
対立とは、
体験・経験・出会い・知識・解釈の違い
ということは、対立するということは、自分にない体験を持っている人が目の前にいる、自分にはない経験をしている人がいる、自分にはない出会いをしている人がいる、自分にはない知識や情報を持っている人がいる、自分にはない解釈をする人が目の前にいる、ということだ。
ということは、自分が成長するためには、対立を避けてはならないことがわかる。対立を避けることなく、相手の体験から、経験から、出会い・知識・解釈から、学ぶことによってしか自分を成長させることはできない。自分にないものを相手が持っているから、対立するのだ。
考えは違っていていいんだ。理屈が通っているからといって説得しようとしても、あるいは説得できたとしても、対立は解消することはできない。説得の論理から、納得の論理へ。心から心への会話。
妥協による和解、というのも対立を解消することはできない。
説得もダメ、妥協もダメ、となると『こびへつらい』。とりあえずはその場をしのげるが、対立は解消することはできない。
逃げる、という選択肢もあるが、これももちろん対立は解消されない。
『説得・妥協・こびへつらい・逃げる』
個性の時代なんだ。だから自分の性格や考えを『変える』必要はない。『成長』すればいいんだ
。成長するためには、いまの自分では解決できない問題や対立のある相手を受け入れ、認め、許すことからしか成長できないんだ。
いのちそのものが、『成長』を求めているんだ。人間の細胞ひとつひとつ働きがそうであるように。変化・成長こそ生きている証なのだから。だからどんなことからも、誰からも、学ぶことができ、自分を成長させることができる。
他人を説得させ、自分の考えを押し付けることができたとしても、それは度量の小さい人間の証でしかない。
『相互補完』『対原理』
『悪・犯罪』があるがゆえに、社会が成長する。『悪・犯罪』は、ここがおかしいんですよ、問題ですよ、ということを教えてくれているんだ。
『悪・犯罪』がなければ、社会は成長しない。『悪・犯罪』はなくならない。そこから学び、成長するんだ。矛盾を内包した真実に生きるんだ。矛盾があることが真実なんだ。
宇宙の摂理のなかに我々は存在している。それ以外には存在し得ない。
宇宙はバランス・ゆらぎの中にある。だいたい半分ずつの間をゆらいでいる。
光には影、善には悪、男と女、右と左、北には南、長所と短所、海と陸、プラスとマイナス・・・・・・あらゆるものが『相互補完の関係にある』
だから、対立の関係にある対象は、必要であり必然なんだ。なくならない。
これから我々は、民主主義社会を終えて、『互敬主義社会』へ向かっていく。民主主義社会とは、封建主義社会から平等と自由を勝ち取ったが、自己中心的な身勝手な人間が得をする社会となってしまった。権利を主張するものだけが得をするような、もはや疲弊している社会といわざるを得ない。自由と平等の始まりが、自由と平等によって崩壊する。
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いかがでしたでしょうかー。文章ばかりでごめんなさい。
また明日から頑張ります。
ではまた。
おさむ
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統合的集約の論理 (多数決原理を超えて)
近代から新しい時代 (脱近代)
外的要因 西洋の時代から東洋の時代
精神的要因 理性の時代から感性の時代
最大多数最大幸福の原理
封建主義の時代から脱却して民主主義を実現するためには多数決原理は有効だった。がしかし、歴史哲学的に見れば、『時代を造る原理は時代を滅ぼす原理になる。』
多数決原理とは『量』で決まる。しかし現代は、あらゆるものが『量』から『質』へ転換されている。
ではどうしたらよいか。
画一化による統一の時代は終わりに近づいている。
『ピンクレディーシンドローム???』
ミーちゃんとケイちゃんを合わせたらユッフォーになっちゃって、100万枚売っちゃうんだ。これが有機的統合。
発展的解消の論理
違う価値観の人の何かを自分に取り入れて、自分を成長発展させることによって問題が解消されること。
対立とは、
体験・経験・出会い・知識・解釈の違い
ということは、対立するということは、自分にない体験を持っている人が目の前にいる、自分にはない経験をしている人がいる、自分にはない出会いをしている人がいる、自分にはない知識や情報を持っている人がいる、自分にはない解釈をする人が目の前にいる、ということだ。
ということは、自分が成長するためには、対立を避けてはならないことがわかる。対立を避けることなく、相手の体験から、経験から、出会い・知識・解釈から、学ぶことによってしか自分を成長させることはできない。自分にないものを相手が持っているから、対立するのだ。
考えは違っていていいんだ。理屈が通っているからといって説得しようとしても、あるいは説得できたとしても、対立は解消することはできない。説得の論理から、納得の論理へ。心から心への会話。
妥協による和解、というのも対立を解消することはできない。
説得もダメ、妥協もダメ、となると『こびへつらい』。とりあえずはその場をしのげるが、対立は解消することはできない。
逃げる、という選択肢もあるが、これももちろん対立は解消されない。
『説得・妥協・こびへつらい・逃げる』
個性の時代なんだ。だから自分の性格や考えを『変える』必要はない。『成長』すればいいんだ
。成長するためには、いまの自分では解決できない問題や対立のある相手を受け入れ、認め、許すことからしか成長できないんだ。
いのちそのものが、『成長』を求めているんだ。人間の細胞ひとつひとつ働きがそうであるように。変化・成長こそ生きている証なのだから。だからどんなことからも、誰からも、学ぶことができ、自分を成長させることができる。
他人を説得させ、自分の考えを押し付けることができたとしても、それは度量の小さい人間の証でしかない。
『相互補完』『対原理』
『悪・犯罪』があるがゆえに、社会が成長する。『悪・犯罪』は、ここがおかしいんですよ、問題ですよ、ということを教えてくれているんだ。
『悪・犯罪』がなければ、社会は成長しない。『悪・犯罪』はなくならない。そこから学び、成長するんだ。矛盾を内包した真実に生きるんだ。矛盾があることが真実なんだ。
宇宙の摂理のなかに我々は存在している。それ以外には存在し得ない。
宇宙はバランス・ゆらぎの中にある。だいたい半分ずつの間をゆらいでいる。
光には影、善には悪、男と女、右と左、北には南、長所と短所、海と陸、プラスとマイナス・・・・・・あらゆるものが『相互補完の関係にある』
だから、対立の関係にある対象は、必要であり必然なんだ。なくならない。
これから我々は、民主主義社会を終えて、『互敬主義社会』へ向かっていく。民主主義社会とは、封建主義社会から平等と自由を勝ち取ったが、自己中心的な身勝手な人間が得をする社会となってしまった。権利を主張するものだけが得をするような、もはや疲弊している社会といわざるを得ない。自由と平等の始まりが、自由と平等によって崩壊する。
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いかがでしたでしょうかー。文章ばかりでごめんなさい。
また明日から頑張ります。
ではまた。
おさむ