平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図

古代史において夥しい新事実を公開する平御幸(Miyuki.Taira)が、独自の視点を日常に向けたものを書いています。

ブラームスのデリカシー

2010-07-06 02:45:03 | 芸術
 もうすぐ参院選の投票日ですが、人事を尽くして天命を待つの心得で、ジタバタしないで粛々と行動するのが吉かと。今年は豪雨や地震などの災害が多いので、できるなら当日ではなくて、期日前投票を済ませておくと良いと思います。マスゴミによる捏造支持率も、現実の支持率を無視できなくなってきましたから、自民関係者はダメを押すつもりで頑張って欲しいですね。

 ところで、秋田大学に勤務する同級生と長電話してから、どうも芸術家の虫が目覚めて、学生時代に放送されたカール・ベームの「ブラームス 交響曲第1番」ばかり聴いています。当時はNHKのFM放送だったのですが、ライブ盤としてCDが出ているので手に入ります。僕は相模大野の図書館で借りてきました。

 CDの印象ですが、昔はもっと音質が良かったと記憶しています。とは言ってもカセットに録音した物ですが、今回はノイズが目立ってヒステリックに聞こえます。エンジニアの腕が悪いのでしょう。

 「ブラームス 交響曲第1番」というと、『のだめカンタービレ』で千秋君が指揮した曲ですが、彼の指揮はカラヤンを参考にしていると思います。カラヤンの指揮は、振り下ろした下限でアクセントのドンが鳴るタイミングです。これが素人には分かり難いんですね。タイミング的には、指揮棒が曲より一拍早く動く感じです。ですから、オケのメンバーの中で、弦楽器奏者は耳を頼りにして指揮棒をろくに見ていません。指揮棒を見ているのはもっぱら打楽器と管楽器の奏者です。

 ウイーンフィルの演奏でもそうなのですから、カラヤンの指揮は難解です。対して、5月にN響を振ったヘルベルト・ブロムシュテットは、弦楽器の弓の動きと一緒に指揮棒を振る、極めて分かりやすい指揮です。でも、分かりやすいから良いとは限らないんですね。芸術の難しい所です。

 カラヤンのように、リズムのドンで合わせる指揮は、実はガリー船(古代の奴隷船)の太鼓叩きと同じなのです。奴隷は、太鼓がドンとなるタイミングで櫂を引き寄せる。カラヤンが指揮棒を振り下げたときに、オーケストラはジャーンと鳴るのです。要するに、カラヤンの指揮は支配の指揮なのです。支配する指揮だからこそ、カリスマ性が求められたのです。

 ブロムシュテットの分かりやすい指揮は、指揮というより音楽に合わせて踊っているに近いのです。音楽とシンクロしているからこそ、踊りのタイミングで指揮棒を振る事が出来るのです。オーケストラに所属する優秀な楽団員なら、どちらの指揮にも付いて行けるでしょうけど、今の僕はカラヤンでは付いて行けないダメな子です。楽譜と照らし合わせながら見る(聴く)と、カラヤンは物凄い指揮者だと分かると思います。

 話をベームに戻すと、ベームの指揮はテンポが遅くて、華麗なカラヤンとは随分異なります。でも、ブラームスにはこれが良いのでしょうね。特に、第二楽章の美しさは絶品で、ブラームスのデリカシーがよく伝わってきます。若いときに聴いた曲ですが、今の方がブラームスの偉大さが理解できます。

 秋田で准教授をしている同級生は、芸大寮で酒を飲むと、僕の部屋でブラームスを聴いていました。秋田で、ブラームスの話が出来る友人はいるのかな?

      エフライム工房 平御幸
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