平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図

古代史において夥しい新事実を公開する平御幸(Miyuki.Taira)が、独自の視点を日常に向けたものを書いています。

天皇賞

2011-10-29 19:52:30 | Weblog
 白亜のマルスは好評ですが、本が届いて最初に見せたのは、郵便受けの前で掃除をしていた大家さんのお婆ちゃん。大家さんは日本画が好きなので、一目見て絶賛。石膏デッサン云々ではなくて、一枚の絵画として見て本質的に良い絵なのです。

 よい絵というのは、才能のきらめきがもたらす品格があり、また一瞬で観る者を捉える魔力があります。だからこそ、多感な女子高生が『白亜のマルス』と命名したわけですが、そこにはもうひとつの理由があります。それは色気です。

 マルス像は軍神ですが、たくましい筋骨とは裏腹に、その顔立ちは独特の色気があります。その色気は、タバコ一本分をくわえられる、少し開いた唇によってもたらされているのですが、その唇とバランスするのが彫りの深い眼窩と、筋の通った鼻なのです。そのようなパーツが組み合わさった顔がやや下を向き、そのために複雑な陰影が表情に揺らぎを与え、それがデリケートな色気となっているのです。

 このような表情を表現するには、最初に大掴みして徐々に形を細かく描く、一般に教えられているデッサン理論では到底無理があります。僕は、デッサンの最も最初の段階から、瞼の下の陰から描く事もありました。それができるのは、全体と部分の関係が、オーケストラと各パートのように把握できていたからです。

 もっとも、このようなことは新美時代にも芸大の時も誰にも話しませんでしたが。話しても理解できる仲間はいないからです。当時の先生も、他の生徒との違いをこのように説明出来なかったでしょう。そのように思い出して調べたら、新美時代の武田成功(ガラス工芸パートドヴェールに転向)先生が一年前に亡くなっていました。

 絵をよく知らない人は、褒め言葉として「写真のようだ」と言います。しかし、写真というのは、空間や立体感のない平面的なものなので、本当は褒め言葉とはならないのです。あえて使うなら、リアル、存在感がある、質感がある、生き生きしている、などがふさわしいですね。「写真のようだ」の褒め言葉を僕は気になりませんが、気になる絵描きもいるのです。小学生に絵を見せるとマジで興奮するので、僕の絵はリアリティがあるのだと思います。

 さて、天皇賞ですが、日曜日の雨予報が曇りに変更。雨ならばダークシャドウからエイシンフラッシュと思っていましたが、晴れたなら素直にブエナビスタとローズキングダムから。トゥザグローリーとペルーサにダークシャドウとエイシンフラッシュ。トーセンジョーダンとミッキードリームの押さえまで。

 民主党前で抗議の座り込みがあったのですが、天皇皇后両陛下の御料車が通られ、室内灯を点灯されて、わざわざ手を振られたというトゥイッターの書き込みが拡散されています。錦の御旗は掲げられたわけですが、TBSの『南極物語』を例にあげて、そう一筋縄では行かないことを次回に書きます。

      エフライム工房 平御幸
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1 コメント

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絵と写真 (kmn-anh)
2011-10-30 22:10:28
絵を見ていて、なにかが浮かびあがったり
奥行きが広がったりという経験はありますが、
写真を見てそういう経験をしたことはあまり
ない気がします。

先生の絵と、写真を見比べてみましたが、
先生の絵の方が立体感や空間が見えます。
絵画の魅力にまた一つ気付かされました。
有難うございます。


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