転勤命令拒否でも起り得る一事不再理の可能性⇒すぐに懲戒するより説得・再考を促すことから・・・
企業は、服務規律(会社の構成員として守るべきルール)を定め、この服務規律に違反した場合に、制裁罰として懲戒処分を行う。この懲戒権であるが、制裁罰であるから刑事処罰と同様に、罪刑法定主義類似の原則が適用されるところである。
そこで、(1)使用者が労働者を懲戒する場合、あらかじめ就業規則において懲戒の種別と事由を定めておくこと(懲戒の種別・事由の明示)
(2)それゆえ、その懲戒規定が設けられる以前の事案に対して遡及して適用してはならないこと(不遡及の原則)
(3)同じ事案に対して複数回懲戒処分を行うことも禁止されること(一事不再理の原則) 以上のチェックが必要となる。
さて、その一事不再理であるが、過去における懲戒処分の対象行為と、新たな懲戒処分の対象行為の間に実質的同一性が認められる場合も同じであるとされる。(水町著労働法)
そこで、「過去に処分を受けて悔悛の見込みがない場合」と懲戒処分事由に記載されている場合において、単に過去の非違行為について悔悛(反省)が見られないという理由だけで懲戒の対象とすることは、実質的にその過去の非違行為を対象とするに等しく、一事不再理の原則違反の評価を免れないとされている。したがって、労働者が実際に悔悛の情が乏しく、ほかに各種の非違行為が累積し、将来同様の職場違反行為を繰り返す恐れが客観的に存在する場合にのみ発動できると解すべきであるとしている。(甲山福祉センター事件、神戸地尼崎支判昭58)
この事案については、実際は一事不再理を認定した事案であり、一つの法理を述べているに過ぎないのであって、「将来同様の職場違反行為を繰り返す恐れが客観的に存在する場合」にのみ、別途懲戒処分を行うことができるとした法理を述べたものである。確かに一事不再理にならないための理論としては、そうであろうが、この場合に具体的に新たな処分ができるかとなると、「くりかえす恐れ」の認定を行うことは非常に難しいと言わざるを得ない。
そもそも、甲山福祉センター事件は、どういう事案かと言うと、重症心身障害児施設の保母が、腰痛のため宵夜勤を拒否したことで、譴責処分をうけ、その後出勤停止の各懲戒処分を受けたにかかわらず、何ら反省の態度が見られなかったことを理由にさらに懲戒解雇された事案である。これに対し裁判所の判断は「宵夜勤命令違反については、前述のとおり、原告は同年6月24日に譴責の、同年7月12日に出勤停止14日間の、各懲戒処分をすでに受けているものであり、これに重ねて本件解雇における解雇事由として取り上げることは、一事不再理の原則の趣旨に照らして許されないものと解するのが相当である。したがって、右各宵夜勤命令を拒否したことは、それを次の懲戒処分をなすについての情状の一つとして考慮することはできても(ここに注意)、新たな懲戒処分をなすべき直接の事由とすることはできないから、このことは本件懲戒解雇事由とはなり得ないものといわなければならない」としている。再度繰り返すと、同じ宵夜勤命令の拒否は、情状の一つとして考慮することはできても、新たな懲戒処分をなすべき直接の事由とすることはできないとされているのである。
懲戒処分においては、こういう事例はよくあることで、よく問題になるのが転勤命令拒否の例があるとして、「転勤命令を拒否した従業員をいったんけん責処分ないし減給処分とし、その後改めて転勤命令に従うよう促したものの、やはりそれを拒否する状態が継続したので懲戒解雇処分にしたというケース」である。(懲戒権行使の法律実務 弁護士石嵜信憲編著、中央経済社)
このようなケースの対応として、同書では次のように述べられているところであり、参考となる。
「転勤命令拒否は、窃盗罪といった状態犯のように、拒否した時点で業務命令が終了するわけではなく、監禁罪といった継続犯と同様に、業務命令違反は継続するため、一事不再理の原則に反していないと考えますが、裁判で争われることになると、相手は間違いなく一時不再理の原則に反していると主張します。ですから、そのようなリスクを回避するためにも、まずは当該従業員を説得し、応じない場合は再考するための時間を与え、それでも拒否する場合はやむを得ず懲戒解雇処分とするとしたほうがよいといえます。」
結局、裁判を念頭におけば、一時不再理の可能性の論議は否定できず、実務においては、早急に事を推し進めるよりも、一定の過程を経て従業員の説得等の配慮を行いながら、慎重に懲戒処分を行うことを勧めている。
参考:労働法第6版 水町勇一郎 有斐閣
引用:懲戒権行使の法律実務 弁護士石嵜信憲編著、中央経済社
企業は、服務規律(会社の構成員として守るべきルール)を定め、この服務規律に違反した場合に、制裁罰として懲戒処分を行う。この懲戒権であるが、制裁罰であるから刑事処罰と同様に、罪刑法定主義類似の原則が適用されるところである。
そこで、(1)使用者が労働者を懲戒する場合、あらかじめ就業規則において懲戒の種別と事由を定めておくこと(懲戒の種別・事由の明示)
(2)それゆえ、その懲戒規定が設けられる以前の事案に対して遡及して適用してはならないこと(不遡及の原則)
(3)同じ事案に対して複数回懲戒処分を行うことも禁止されること(一事不再理の原則) 以上のチェックが必要となる。
さて、その一事不再理であるが、過去における懲戒処分の対象行為と、新たな懲戒処分の対象行為の間に実質的同一性が認められる場合も同じであるとされる。(水町著労働法)
そこで、「過去に処分を受けて悔悛の見込みがない場合」と懲戒処分事由に記載されている場合において、単に過去の非違行為について悔悛(反省)が見られないという理由だけで懲戒の対象とすることは、実質的にその過去の非違行為を対象とするに等しく、一事不再理の原則違反の評価を免れないとされている。したがって、労働者が実際に悔悛の情が乏しく、ほかに各種の非違行為が累積し、将来同様の職場違反行為を繰り返す恐れが客観的に存在する場合にのみ発動できると解すべきであるとしている。(甲山福祉センター事件、神戸地尼崎支判昭58)
この事案については、実際は一事不再理を認定した事案であり、一つの法理を述べているに過ぎないのであって、「将来同様の職場違反行為を繰り返す恐れが客観的に存在する場合」にのみ、別途懲戒処分を行うことができるとした法理を述べたものである。確かに一事不再理にならないための理論としては、そうであろうが、この場合に具体的に新たな処分ができるかとなると、「くりかえす恐れ」の認定を行うことは非常に難しいと言わざるを得ない。
そもそも、甲山福祉センター事件は、どういう事案かと言うと、重症心身障害児施設の保母が、腰痛のため宵夜勤を拒否したことで、譴責処分をうけ、その後出勤停止の各懲戒処分を受けたにかかわらず、何ら反省の態度が見られなかったことを理由にさらに懲戒解雇された事案である。これに対し裁判所の判断は「宵夜勤命令違反については、前述のとおり、原告は同年6月24日に譴責の、同年7月12日に出勤停止14日間の、各懲戒処分をすでに受けているものであり、これに重ねて本件解雇における解雇事由として取り上げることは、一事不再理の原則の趣旨に照らして許されないものと解するのが相当である。したがって、右各宵夜勤命令を拒否したことは、それを次の懲戒処分をなすについての情状の一つとして考慮することはできても(ここに注意)、新たな懲戒処分をなすべき直接の事由とすることはできないから、このことは本件懲戒解雇事由とはなり得ないものといわなければならない」としている。再度繰り返すと、同じ宵夜勤命令の拒否は、情状の一つとして考慮することはできても、新たな懲戒処分をなすべき直接の事由とすることはできないとされているのである。
懲戒処分においては、こういう事例はよくあることで、よく問題になるのが転勤命令拒否の例があるとして、「転勤命令を拒否した従業員をいったんけん責処分ないし減給処分とし、その後改めて転勤命令に従うよう促したものの、やはりそれを拒否する状態が継続したので懲戒解雇処分にしたというケース」である。(懲戒権行使の法律実務 弁護士石嵜信憲編著、中央経済社)
このようなケースの対応として、同書では次のように述べられているところであり、参考となる。
「転勤命令拒否は、窃盗罪といった状態犯のように、拒否した時点で業務命令が終了するわけではなく、監禁罪といった継続犯と同様に、業務命令違反は継続するため、一事不再理の原則に反していないと考えますが、裁判で争われることになると、相手は間違いなく一時不再理の原則に反していると主張します。ですから、そのようなリスクを回避するためにも、まずは当該従業員を説得し、応じない場合は再考するための時間を与え、それでも拒否する場合はやむを得ず懲戒解雇処分とするとしたほうがよいといえます。」
結局、裁判を念頭におけば、一時不再理の可能性の論議は否定できず、実務においては、早急に事を推し進めるよりも、一定の過程を経て従業員の説得等の配慮を行いながら、慎重に懲戒処分を行うことを勧めている。
参考:労働法第6版 水町勇一郎 有斐閣
引用:懲戒権行使の法律実務 弁護士石嵜信憲編著、中央経済社